近年、がん微小環境における免疫チェックポイントタンパク質が盛んに研究されています。がん免疫分野の研究者の方であれば、すでにマルチプレックス免疫組織化学染色 (mIHC) を行なったり、ご興味を持たれている方もいらっしゃるでしょう。下図のように、マルチプレックス画像は、各抗体を異なる蛍光シグナルに対応させることで腫瘍を多層的に描写することができます。
もしあなたが「IHCでより多くの標的を検出したいが、mIHCのための抗体と蛍光色素のパネルをどのようにデザインしたら良いかわからない」とお悩みならば、ぜひ本ブログをご覧ください。特に、エピトープマスキングに関連する抗体の順番に注目してください。
mIHCによる腫瘍の可視化により、免疫細胞の浸潤の特徴を明らかにし、仮説を新しい方法で検証できるようになりました。例えば、T細胞は主に浸潤性の境界に沿って腫瘍周辺に存在するのでしょうか、または腫瘍そのものの中に存在するのでしょうか? 存在するT細胞は疲弊のマーカーを発現しているのでしょうか? PD-1陽性/CD8陽性T細胞は、PD-L1陽性マクロファージとどのくらい近接しているのでしょうか? 腫瘍中のCD8陽性T細胞は、活性化されているのでしょうか?
PD-1阻害剤への反応率や、PD-L1以降の動きを主要なバイオマーカーとして理解するためには、このような質問が重要となってきます。
mIHCパネルデザインでは、多くの考慮すべきファクターがあります。チラミドベースのマルチプレックス染色は、ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織で強いシグナルを得る最も簡単な方法かもしれません。組織サンプル、IHC検証済みの抗体、そして蛍光標識されたチラミドがあれば、プロトコールを組むことができます。考慮すべき最大のファクターの一つは必要抗体量ですが、多くの場合、DAB (3,3′-Diaminobenzidine) などの色素を用いる系と比較すると、より少ない抗体量で済みます。
各抗体の相対的な染色強度がわかったら、最終的なパネルでバランスのとれたシグナルが得られるように、最良の方法を検討する必要があります。最も染色強度が強く存在量も多い標的に対する抗体には最も輝度の弱い蛍光標識チラミドを、最も染色強度が弱い抗体には最も明るい蛍光色素を使用するのが理想的です。
mIHCのプロトコールでは、各染色ラウンドの間で、一次抗体と二次抗体を除去するために加熱処理を行います。この工程は、最良の方法を検討していく上で考慮すべきもう1つのファクターです。エピトープによっては、加熱処理の影響をほとんど受けないものもあれば、逆に感受性が高く、染色ラウンドごとの加熱処理によって分解されて徐々にシグナルが減弱してしまうものもあります。一方で、加熱処理を繰り返すことによってエピトープがますます露出し、シグナルが増強されるものもあります。このようなエピトープに対する抗体は、パネルの最後に染色するようにします。
一次抗体ストリッピングの効率も検討する必要があります。効率的なストリッピングが行われるかどうかを試験するためには、一次抗体、二次抗体、チラミド検出、加熱のステップで通常の染色を行います。その後2回目を、一次抗体なしで行います。二次抗体とチラミド増幅のステップは同様に行いますが、チラミド標識の蛍光色素を別の色素に置き換えます。このチャンネルで染色が低ければ、下の例 (左パネル) のように完全なストリッピングが起こっていることが示されます。下のCD4試験で示すように (右パネル、赤のチャンネルのシグナルを比較してください)、2番目のチャンネルで染色が見られる場合は、一次抗体のストリッピングが不完全であることを示しているので、条件をさらに最適化し一次抗体を完全に除去する必要があります。
マウス膠芽細胞腫組織をPD-1 #84651 (緑、左) またはCD4 #25229 (シアン、右) を用いて、マルチプレックスIHCで解析しました。続いて、ストリッピングの効率を試験するため、上に記載したように二次抗体のみのインキュベーションを行い、SignalStain Boost IHC Detection Reagent (HRP, Rabbit) #8114とCy5チラミド標識 (赤) を用いて検出を行いました。
エピトープマスキングと呼ばれる現象は、マルチプレックスで正確な染色を行う際に解決しなければならない厄介な問題の一つです。この現象は、組織内の同じ細胞の同じ細胞内区画に存在するエピトープに対する複数の抗体を同じパネルで使用する場合に起こり得ます。チラミドはパネル中の最初のエピトープの上に沈着するため、その後のパネルで染色したいエピトープが覆い隠されてしまう可能性があります。下図の例では、マウス同系腫瘍モデルの免疫細胞の浸潤を解析するパネルにおいて、CD3とCD8のシグナルの重複がほとんどないことに私たちは違和感を覚えました。
上図を見ると、CD8陽性T細胞の赤色のシグナルは、視野内のCD3陽性T細胞の緑色とほとんど重なっていません。腫瘍内に浸潤する細胞サブセットに樹状細胞やNK細胞などのCD8陽性CD3陰性細胞も存在はしますが、CD8陽性細胞の大半がこのカテゴリーに入るとは考えられません。CD3、CD8抗体共に、小型のT細胞の細胞膜を染色すると予想されることから、エピトープマスキングが起こっている可能性が高いと考えられました。
エピトープマスキングの対処法はいくつかあり、多くの場合、染色の順番を変更するだけで解決できます。今回のCD3/CD8の例もまさにそうで、下図に示すように、CD3を先に染色すると、2つの標的間でのシグナル重複は予想通りの頻度で観察されるようになりました。
タンパク質ごとに発現レベルは大きく異なります。高発現のタンパク質であればあるほど、前ラウンドの染色で蓄積したチラミドによってエピトープがマスクされてしまう可能性は低くなります。エピトープ内のチロシン残基の数によっても、チラミド蓄積によるマスキングの程度が増減する可能性があります。
染色の順番の変更だけではエピトープマスキングの問題を十分に軽減できない場合、他のアプローチによって標的間のシグナルバランスを調整することができます。これらのアプローチには、例えば、二次抗体のタイトレーションや蛍光標識チラミドのタイトレーション、二次抗体と蛍光標識チラミドの反応時間の最適化、などが挙げられます。
特定の細胞種に存在すると予想されるマーカーがほとんど染色されない場合であれば、エピトープマスキングに気づくのは簡単ですが、そうでない場合はなかなか気づきにくいかもしれません。例えば、T細胞疲弊のマーカーはT細胞の細胞膜上にも局在しますが、常に存在するとは限らず、また、腫瘍ごとにその発現レベルも異なります。
エピトープマスキングや他のファクターによって染色レベルが低下していないことを確認するため、最適な条件であると設定した条件で染色したマルチプレックススライドと共に、シングルプレックススライドの染色も行うことをお勧めします。パネルを完全に最適化する前に、マルチプレックスとシングルプレックスのスライドを比較して、それぞれの標的で陽性に染色された細胞の数が大幅に増減していないことを確認してください。この確認を行うことで、エピトープマスキングを早期に発見できるだけでなく、マルチプレックス染色サンプル中における各標的のシグナルレベルが生物学的に正しいかどうかも担保することができます。
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