効果的な遺伝子編集ツールであるCRISPRに、世界中の科学者が注目しています。覚えやすい名前で、あやゆる出版物で取り上げられ、知的財産などの法的論争の対象にもなっています (1)。また、その使用をめぐる倫理問題に関する有識者会議も多く開催されていますが、発表から4年も経っていないにも関わらず、Science誌はこれを「今年のブレークスルー」に選定しました (2)。他にも、ニューホライズンによる準惑星冥王星への壮大な訪問、脳内のリンパ系の発見、エボラワクチンなどが候補に挙がっていました。
このようにCRISPRは大きな話題となっていますが、一体どのようなもので、何故これほど研究者を惹きつけるのでしょうか?
CRISPR (Clustered regularly interspaced short palindromic repeats) は原核生物ゲノムに固有の反復配列 (直接反復) です。この中には、過去に侵入したウイルスの痕跡となる、「スペーサー」と呼ばれるウイルス由来のユニークなDNA配列が散在しています。ウイルスが再侵入した場合、細菌はこれに関連する「スペーサー」領域を転写してガイドRNA (1本鎖の非コードRNA) を産生することができます。ガイドRNAは、1) 侵入者に固有のスペーサー配列でWatson-Crick塩基対を形成し、2) CRISPR配列の上流遺伝子にコードされるCas (CRISPR asossiated) エンドヌクレアーゼを動員します。Casエンドヌクレアーゼは、外来ウイルスDNAを切断することでウイルスの複製を防ぐことができます。つまり、CRISPRは侵入してくる遺伝子要素に対する抵抗力を獲得する、免疫記憶の一形態と言えます。免疫学者の視点からはそれ自体が驚くべき発見であり、数年前に幸運な偶然により発見されました (3、4)。現在、大多数の細菌がゲノムにCRISPRを持っていることが知られています。それからわずか数年で、CRISPR/Cas9システムがモジュール式に機能することや、比較的小さな労力で標的のゲノムを操作する遺伝子編集ツールとして利用できることが明らかになりました (5、6の総説を参照)。
細菌内では、Cas9は、crRNA (CRISPR RNA) とtracrRNA (トランス活性化型crRNA) で構成されるデュアルガイドRNAとともに機能しています。crRNA塩基の5'末端は、標的DNAと対を形成し、3'末端はtracrRNAと二本鎖ステムループを形成し、Cas9の動員を促進します。この2つの配列を組み合わせたキメラシングルガイドRNA (sgRNA) は、Casエンドヌクレアーゼの機能をうまくサポートすることが示されています (7)。したがって、研究者は、目的の遺伝子と配列相補性を持つsgRNAを設計することで、Cas酵素、多くの場合Cas9 (Cas IIシステムとして知られている) をプログラミングして、任意の種のゲノム内の目的の遺伝子座でDNAを切断できます。sgRNAは、Cas9が目的の配列を検出するのに役立ちますが、Cas9がその配列へ結合するには、Cas9が結合する際に分子ハンドルとして機能する隣接した3塩基のPAM (Protospacer adjacent motif) が必要です。切断後に生じる平滑DNA二本鎖切断 (DNA double-strand break:DSB) は、非相同末端結合 (Non-homologous end joining: NHEJ) として知られるDNA修復応答の引き金となります。NHEJは、エラーが発生しやすい性質を持つため、切断部位に挿入または欠失を生じ、遺伝子発現の破壊を引き起こします。さらに、テンプレートDNAとヌクレアーゼ活性ではなくDNAニッカーゼを有する変異型Cas9を伴う場合、このシステムを活用して、DNA修復機構を相同組換え修復 (homology directed repair:HDR) 機構に偏らせることにより、遺伝子挿入を可能にします。したがって、特定のゲノム領域にタグを付けて、in vivoで遺伝子を可視化し、機能性タンパク質の発現を損なう変異遺伝子領域を復元して、筋ジストロフィーなどの疾患を緩和することができます (8、9)。特に、正確な塩基置換 (突然変異) を導入するためのテンプレートとして機能できる複数のガイドRNAと一本鎖DNAオリゴヌクレオチドを導入することにより、in vivo (従来はマウスで) で複数の遺伝子の削除と挿入を調整できます (10)。これにより、腫瘍形成における突然変異の組み合わせの役割など、多重遺伝子現象の研究が大幅に可能になります。
歴史的に、ノックインまたはノックアウトマウスを作成することを目的としたin vivoでの遺伝子ターゲッティングは、非常に面倒で時間のかかる取り組みでしたが、現在はCRISPRがそれを「朝飯前」と感じられるようなものにしました。
これは、CRISPR/Cas9で実現できること、実現されてきたことのごく一部です。このほかの革新的な応用例として、ブタのゲノムからレトロウイルス要素を取り除き、ブタ臓器のヒトへの異種移植が安全かつ実行可能な選択肢になったこと (11)、化学療法薬剤耐性の原因となる遺伝子を特定するための大規模なゲノムワイドスクリーニング (12) などが挙げられます。また、遺伝性血液障害を引き起こす遺伝子欠損を修復する試みとして多胎生ヒト接合体 (体外受精の副産物) でもこのシステムを使用 (13) しています。最後に挙げたJunjiu Huang博士が主導する研究で、オフターゲット効果や、切断部位を修復するDNA修復機構 (NHEJとHDR) の選択の予測が困難であることなど、CRISPR/Cas9システムの欠点も明らかになってきました (13)。2015年に発表されたこの研究により、科学コミュニティーに大きな倫理的懸念が提示され、様々な警戒がなされるようになりました。実際にCRISPR分野の先駆者であるJennifer Doudna博士は、この技術の倫理的な意味合いについて国際的なサミットを開催して注目を集めるよう呼びかけたことで、すでに世界規模で議論が行われています (14)。なお、この若手中国人科学者Junjiu Huang博士は「embryo editor (胚の編集者)」と呼ばれ、2015年のNature誌の「今年の重要人物10名」の第2位にリストアップされました。
sgRNAは、転写後に遺伝子発現を抑制する短鎖RNAであるサイレンシングRNA (siRNA) に似ていると思われた方もいるかも知れません。この内因性メカニズムは広く採用されており、Argonauteタンパク質ファミリーを利用してmRNAの分解と遺伝子の「ノックダウン」を実現します。siRNAはmRNAレベルで遺伝子発現を調節するのに対し、RNA-タンパク質複合体であるCRISPR/Cas9はゲノムレベルで遺伝子を欠失させるという違いがあります。つまり、TALEN (Transcription Activator-like Effector Nucleases) やZFN (Zinc Finger Nuclease) のような遺伝子編集ツールです。これらに比べて、CRISPRシステムは操作が簡単で拡張性があり、価格も手頃なので、より魅力的です。また、Addgeneのようなオープンリソースの非営利配給業者から入手できることも、この技術が滞りなく採用できる助けとなっています。
さらに、単純にCas9のmRNAと、複数のガイドRNAを導入することで多重編集できる可能性もこの技術のもう1つの魅力的な特徴です (15、16)。
TALEN、ZNF、CRISPR/Cas9を利用した遺伝子編集の長所と短所の詳細については、豊富な知見を踏まえたJackson研究所のブログ記事をご覧ください。
要約すると、CRISPRテクノロジーの先駆者は、それをPCRのような汎用ツールと同等のものと考えています。ゲノム配列の解明が科学の進歩を促進したのと同様に、この技術が有効で革新的なのは間違いありません。最終的に、研究者が手放しでこの技術を受け入れたことはそれほど驚くことではありません。そのような研究者であれば、CSTのCas9抗体の有用性がご理解いただけるかと思います。
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