年末年始のイベントが一息つきましたね。本日のJournal Clubでは、そんな読者のニューロンを激しく“スパーク“させるような、興味深い論文を取り上げます。
アルツハイマー病 (Alzheimer’s disease:AD) の病理学的特徴として、Amyloid β (Aβ) プラークの蓄積と神経原線維変化があげられます。これらに関する研究は数十年もの間続けられていますが、病気の進行とこれらの病変との関連は十分に明らかになっていません。これらの病変は、ニューロンの機能障害や神経変性の直接的な原因となり得るでしょうか?もしそうであれば、なぜこのような病変を蓄積した患者のうち何人かは、死ぬまでに神経学的に全く正常なままでいられるのでしょうか?AD患者は、これらの病変の蓄積から自身を守るような細胞プロセスや分子プロセスにおいて、何らかの二次的な欠損を有しているのでしょうか?もしそうであれば、どのような細胞がそれに関与して、一体どんな…
ちょっと待って。
一旦、深呼吸しましょう。
気づきましたか?これは、研究者が迷い込みがちな「先の見えない洞窟」のようなものです。その洞窟に入ることなく、これまでの研究の経緯を確認しましょう。最近まで研究者は、脳での情報伝達に関わる「ニューロン」や「細胞結節」に着目した研究に注力していました。情報伝達に関わらない「それ以外の細胞」は、注目されてきませんでした。私たちは以前から、脳に存在する常在性マクロファージであるミクログリアが、AD患者のアミロイドプラークを取り囲むような像を観察してきました。しかしながら、それらがADの進行において、特別な役割を担っているかについては良くわかっていません。ここで、この新しい洞窟に飛び込むことも可能ですが、確実に歩を進めるための分子的な足がかりはあるのでしょうか?
近年、研究者らによって Trem2 (Triggering Receptor Expressed on Myeloid cells 2) の機能欠失変異が、ADの発症のリスク要因となることが見出されました。重要なこととして、一回膜貫通タンパク質のTREM2は、ミクログリアに特徴的に発現するということです。一昨年、Yuanらは、TREM2に富むミクログリアと、それがAβプラークを取り囲むプロセスについて報告しました。このことは、これらの病変部位周辺にミクログリアを動員するTREM2依存的なメカニズムの存在を示しています (1)。また、彼らはTrem2 に遺伝子操作を加えた際に、Aβ病変を取り囲むミクログリアが減少し、さらにAβプラークが小さく纏まらずに拡散して形成されることを見出しました。これは、先の彼らの仮説に一致しており、彼らはミクログリアが酒に酔ったガードマンになるのではなく「神経を保護するミクログリアバリアー」を形成して取り囲み、TREM2依存的な作用機序でニューロンをAβ病変から保護する役割を担っているという説を提唱しています。
さて、TREM2を欠失したミクログリアは本当に酒に酔っていたのでしょうか?
ワシントン大学のMarco Colonnaのグループから報告された注目すべき最近の論文は(2)、その可能性を高めるような知見でした。Colonnaらは、細胞内を識別できる解像度の高い顕微鏡を使用して、TREM2の機能を欠損したADマウスモデル組織を観察したところ、Aβプラークに近接するミクログリアに巨大な多胞体構造と多層体構造を見出しました。これらの構造の出現は、ストレス環境下で細胞代謝を維持するための「自食」プロセスである、オートファジーの活性化を意味しています。
オートファジーには、幾つかの分子的特徴が知られています。彼らは、これらのマーカーの抗体を使用することで、TREM2の機能を欠損した時にのみ、AD患者サンプルとADマウスモデルの両方で、プラークを取り囲むミクログリアにオートファゴソーム形成経路の分子がリクルートされることを見出しました。これらの観察から、Colonnaらは、プラークの周りにいるミクログリアのような高エネルギープロセス下に置かれた際に、正常の細胞代謝を維持するためにTREM2が機能しているという仮説を提唱しています。
もしそれが本当ならば、TREM2は正常の代謝経路にも関連しているのでしょうか?mammalian target of rapamycin (mTOR) 経路は、オートファジーを制御することが知られています。そして、このシグナル経路を調べる様々なツールが存在します。Colonnaらは、ミクログリアのモデルとして骨髄由来マクロファージ (BMDM) を使用しました。TREM2を欠損させたBMDMを作成し、mTORシグナル経路を調べたところ、mTORシグナルの活性化不全が観察されました。この結果により、TREM2が正常状態と代謝の強化が必要な状態の両方で、mTOR依存性のシグナルを維持していることが示唆されます。このmTOR経路の活性化不全は、オートファジーの活性化につながります。注目すべきこととして、TREM2依存的な経路を回避してこれらの代謝経路を復活させるために、TREM2様のシグナルを伝えるDectin-1経路を利用したり、下流のATPを供給したりすると、少なくともin vitroではTREM2の欠損で生じるオートファゴソームの増加が元に戻りました。それでは、これらの経路を操作することで、ADにおいてTREM2依存的に変化したミクログリアの機能を改善することができるのでしょうか?
この問いに答えるため、ColonnaらはTREM2を欠損させ遺伝子操作をしたADマウスモデルと、クレアチンの誘導体で代謝性ATPを供給するCyclocreatineを用いました。TREM2を欠損したADマウスにCyclocreatineを含んだ餌を与えたところ、ミクログリアのオートファジーが改善し、さらに変性神経突起の蓄積が減少していました。これらの結果は、正常に機能しているミクログリアは、TREM2依存的に病変のADプラークを包囲しており、機能的なTREM2の欠如によって生じるミクログリアの代謝変化が原因でADが進行することを示唆しています。
Colonnaらの発見は、ミクログリアがいかに正常の脳で病変のプラークを抑制しているのか?TREM2に起因するミクログリアの機能不全が、直接的ではないにしろ、ADやその他の神経変性疾患に寄与しているのか?を理解する助けになります。しかしながら、いくつかの疑問が残っています。ミクログリアにおけるTREM2の具体的な働きは何なのでしょうか?TREM2はAβのレセプターとなり得るのでしょうか?もしそうならば、彼らはAβの他のフォームに対してではなく、Aβプラークだけに対するレセプターなのでしょうか?特にTREM2の変異を有する患者でも適切な機能を維持するために、ミクログリアの代謝を標的とした治療をどのように行っていくべきでしょうか?
今後の研究が、これらの緊急の問題に光をあて (shedding)、解決していくことでしょう。Sheddingといえば、TREM2の変異によってTREM2の細胞表面からの切断 (shedding) が活発になることを知っていましたか?もしそうであれば、まだ明らかとなっていないTREM2の機能はどのようなもので、これはどのように...
この新たな洞窟の探検は、また次の機会に。
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参考文献