パート1では、質量分析をベースとするプロテオミクスについて概説しました。今回は、この方法を使い複雑な生物サンプルから翻訳後修飾 (PTM) されたペプチドを、どのように同定することができるかについて考えましょう。
あなたは今、とても天気の良い日に湖に来ています。ボートはゆっくり揺れていて、釣り竿も立ててあり、午後の間ずっと魚が食いついています。きっと次にかかる魚は大きいはずに違いありません... 待って!釣りのことを考えるのはここでおしまいです!実は、あなたは、金曜日の午後遅くにラボの実験台にいます。この週末に予定している釣り旅行のことを考えてしまうのも無理はありません。なぜなら今あなたはプロテオミクスに頭を悩まされていて、プロテオミクスはかなり釣りと似ているからです。(本当です!)
細胞または組織サンプルを消化して、より短いペプチドの複雑な混合物にしたとしましょう。ご存知のように、プロテオームは100万ほどのプロテオフォームから成り立っており、すなわちこの混合物は修飾を受けたものから受けてないものまで、数百万ものペプチドを含有しています。PTMの研究における大きな課題は、あるペプチドの混合物内に存在する修飾を受けたペプチドは、一般的に受けていないものよりかなり量が少ないということです。一部には大変稀なものもあります。では、質量分析により同定し、定量する確率を高めるには、どうすれば良いでしょうか?
PTMペプチドは、まず抗体濃縮または免疫アフィニティー精製 (IAP) によりタンパク質混合物から取り出すことができます。釣りに長けた人ならだれでも知っているように、釣果を上げるにはまず良いエサが必要です。さて、あなたのタックルボックスには何が入っているでしょうか…
これらの抗体を使ってPTMペプチドを濃縮し、濃縮したペプチドを液体クロマトグラフィータンデム質量分析 (LC-MS/MS) にかけることを、CSTはPTMScan® 法と呼んでいます。PTMScanを使えば、何百から何千ものPTMペプチドを1回のLC-MS/MSで同定し、定量化することができます。
上述の修飾特異的抗体は、実験で答えを得ようとしている疑問の種類に応じて、異なる方法で使用することができます。ではどれを選べばよいのでしょうか?
研究対象のシステムにどのシグナル伝達経路が関与しているかが分かっている場合は、CSTがPTMScan Directと呼ぶ解析を行うことができます。このバージョンのPTMScanでは、標準的な部位特異的抗体の混合物が作成され、ビーズ上に固定化されます。抗体の混合物には、例えばAkt/PI3Kシグナル伝達に関与するタンパク質など、シグナル伝達経路内のタンパク質上の大変重要な制御部位を標的とする、標準的な部位特異的抗体が含まれています。部位特異的抗体は、対応するPTMを有するペプチドを、ペプチド混合物から免疫沈降します。その後、精製ペプチドがLC-MS/MSで同定され、定量されます。PTMScan Directは、既知のシグナル伝達経路を詳細に表示することができます。
質量分析ベースのプロテオミクス用IAPのもう1つの方法は、CSTがPTMScan Discoveryと呼ぶものです。これは、固定化抗体を使って混合物からPTMペプチドを濃縮するという点でPTMScan Directと似ています。しかし、標準的な部位特異的抗体を使うPTMScan Directとは違い、PTMScan Discoveryでは各IAPビーズに固定化される抗体は一種類のみであり、その抗体はPTM抗体またはモチーフ抗体になります。この方法では、特定のキナーゼの基質、アセチル化ペプチド、またはユビキチン化ペプチドなど、目的のPTMまたはPTMモチーフを有するペプチドすべてが捕捉されます。
LC-MS/MS前にリン酸化されたペプチドを精製するもう一つの方法は、固定化金属アフィニティークロマトグラフィー (IMAC) です。IMACは、固定化した金属イオン (一般的にはFe3+) を使った固有の錯体化学を有効活用し、負電荷のリン酸化ペプチドを捉えます。釣りに例えると、IMACはPTMScanと比べ網漁のような感じです。IMACは、リン酸化ペプチドの精製には効率的な方法ですが、PTMScan Discoveryほどターゲットが少なく、混合物中の存在量が多いペプチドに有利となる傾向があります。IMACは、PTMScanに対して非常に相補的な技法です。
PTMScan DiscoveryとIMACの後にLC-MS/MSを行うと、どちらの場合も何百から何千ものPTMを有するペプチドを同定し、定量することができます。次に重要なのは、追跡調査する対象として、どれが最も関連性が高いペプチドかを評価することです。最初の良いステップは、異なる実験サンプル間で、存在量の差が最も大きいペプチドを判断することです。例えば、処理した細胞と未処理の細胞との間、あるいは、がん細胞と正常な細胞との間などです。そこから、既知の生物学から予期される知識や経路解析ツールを使い、プロテオミクスデータの前後関係を得ることができます。この後、最適な候補をウェスタンブロット、IP、siRNAまたは過剰発現研究、部位特異的変異導入、またはその他のアッセイにより検証し、今後の研究において実用的な候補を絞ることができます。
これらの技法を使いペプチドを「釣り上げる」のは、湖で1日を過ごすのと同じぐらい楽しいということがお分かりいただけましたでしょうか。この手法は、研究を迅速に進めていくことができるので、本当に湖に出かけられる日も早くなるというわけです。
「プロテオミクスをシンプルに」最後の投稿は、PTMScanをどのように適用できるかに関する例として、「実験室と臨床現場を繋ぐお話」を取り上げます。