パート1とパート2では、翻訳後修飾 (PTM) 研究に使用するPTMScan® テクノロジーなどの質量分析をベースとするプロテオミクス解析法を紹介しました。このシリーズの最後のパートでは、PTMScanを橋渡し研究にどのように適用できるかを取り上げます。
現在、私たちは、個別化医療が可能な時代に突入しています。つまり、がんなどの疾患の治療は、過去に効いた人もいれば効かなかった人もいるかもしれない昔からの薬剤をやみくもに使うのではなく、個人個人に合わせて治療することができます。このようにカスタマイズした治療を行えば、副作用をできるだけ低減しつつ、良好な結果が得られる確率を高めることができ、患者さんのQOLを大幅に向上さることができます。このようなターゲットを絞ったアプローチが可能になったのは、最近のゲノムやプロテオミクス技術の進歩によるところが大きいと言えます。PTMScanなどプロテオーム解析法は、遺伝子レベルの解析では不可能な、疾患の生物学を把握する重要な手がかりとなります。例えばリン酸化、メチル化、アセチル化など、PTMを原因とするタンパク質の活性化または阻害を解析することができます。ここでは、「実験室と臨床現場を繋ぐお話」から、この方法がどれほど強力であるかを示す具体的な例を見てみましょう。
がんには、EGFRやc-Metなどのチロシンキナーゼの活性に依存して増殖したり生存を維持しているものがあります。このようなタンパク質は、疾患ドライバーと呼ばれます。CSTは新規の疾患ドライバーを同定するため、非小細胞肺がん (Non-Small Cell Lung Cancer:NSCLC) におけるチロシンキナーゼ活性について大規模な研究を行いました (1)。これは、がん細胞を助ける活性化タンパク質が何かであることが分かれば、そのタンパク質を阻害し、がん細胞の増殖を食い止めることができるのではないかという期待から行われました。CSTの科学者は、リン酸化チロシンPTM抗体を使い、41のNSCLC細胞株と150のNSCLC腫瘍からのリン酸化ペプチドを免疫アフィニティー濃縮することにより、PTMScanを行いました。その後、LC-MS/MSを用いて濃縮されたペプチド集団を解析しました。この解析によりCSTの科学者は、2,700以上のタンパク質で、4551のチロシン残基 (多数のチロシンキナーゼやチロシンキナーゼ基質を含む) を同定することができ、これによりNSCLCにおけるチロシンリン酸化プロテオームに対する理解が一気に深まりました。同定されたタンパク質は、リン酸化の程度によりランク付けしました。追跡調査の候補上位10位に入ったのは、細胞株と腫瘍の両方でリン酸化の程度が高かったチロシンキナーゼMet、ALK (未分化リンパ腫キナーゼ)、ROS、PDGFRα、DDR1およびEGFRなどでした。
これら細胞と腫瘍のALKをさらに調べると、微小管動態関連タンパク質であるEML4 (echinoderm microtubule-associated protein-like 4) のN末端と、 キナーゼのドメインを有するALKのC末端が融合していることが明らかになりました。この融合タンパク質は、発がん性が高く、NSCLC患者の3-7%の腫瘍内で融合タンパク質が発現することが明らかにされました (1-4)。そのため、これらの患者の場合、EML4-ALKの融合により疾患のがん性進行が進んでいる可能性があります。融合タンパク質を発現するがん細胞には、低分子ALK阻害薬クリゾチニブに感受性があり、2011年にFDAはクリゾチニブをALK陽性NSCLCの治療薬として承認しました (5)。
この研究に続き、CSTは特異性および感受性の高い抗体である、ALK (D5F3®) XP® Rabbit mAb #3633を開発しました。この抗体は全長ALKおよびEML4-ALK融合タンパク質を検出します。患者からALKの再構成を検出するのに現在使われている代表的な方法は、蛍光in situハイブリダイゼーションですが、これは高価で専門的な訓練を必要とし、手間がかかるため、大規模で行うのは困難です。FDAは、最近、CSTがライセンス提供したALKのD5F3クローンを用いた免疫組織化学染色 (IHC) によるコンパニオン診断を承認しました (6)。これにより、医師がクリゾチニブ投与を検討するべきNSCLC患者を簡単に判断できるようになりました。
卵巣がんなど、他の種類のがんにおけるチロシンのリン酸化を調べるのにも類似した方法がとられており、他の異常に活性化したALK融合タンパク質が同定され、クリゾチニブに感受性があることが分かっています (7)。
「プロテオミクスをシンプルに」パート1、2および3でご説明したように、非常に少量のPTMペプチドを複雑な生物サンプルから同定し、定量するには、免疫アフィニティー濃縮の後に質量分析を行うのが一番の方法です。このためPTMScanのような手法は、疾患バイオマーカーの迅速な同定、薬物標的の同定や検証、薬物のオフターゲット効果の解明、薬剤の作用機序の解明、そして最終的には疾患の診断や治療を用意にするための非常に強力なツールです。
以下の情報をまとめたPTMScanに関するパンフレットをぜひご活用ください:
次週より新しいトピックが始まります。がん免疫学では、がん免疫療法に焦点を合わせていきます。
参考文献