研究用抗体の開発は、動物の適応免疫応答を活用して、目的の分子に結合する試薬作製する広範なプロセスです。抗体を開発する科学者は、適応免疫系のこの独特な能力を活用し、様々な免疫アッセイに使用可能な抗体試薬を特定して作製します。これらの免疫アッセイは、生物試料の研究に利用可能な最も強力な技術の1つです。
しかし、特異性と感受性の両方を備えた、関連する標的に結合する抗体試薬を同定し開発するには、数か月、あるいは数年に及ぶ研究や実験、検証が必要になる場合があります。CSTの抗体科学者は、治療法の最新動向や疾患の理解に関する研究報告を常に確認し、積極的に情報を収集しています。製品開発科学者は、その知見と予測に基づいて標的の選択を決定し、製品が開発される数年前から、数百にも及ぶ有望な標的に対する感度と特異性の高い抗体の探索を始めています。
|
本ブログで紹介しているリコンビナントモノクローナル抗体Claudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAb #18932の詳細をご覧ください。この抗体は、WBとIHCにおける特異性と感度に対する広範な検証が行われています。 |
|
標的免疫療法には、キメラ抗原受容体 (CAR) T細胞や抗体薬物複合体 (ADC)、mRNAワクチン、T細胞誘導型二重特異性抗体、細胞活性化型二重特異性抗体などがあり、白血病などの血液がん治療においてその有効性が示されています。ただし、乳がんや肺がん、膵がん、卵巣がん、前立腺がんなどの固形がん治療を目的とする細胞療法を開発することは、依然として困難です。これらのがんタイプが圧倒的多数を占めているにもかかわらず、2025年現在、固形がんを標的とする改変細胞療法は成功していません。
免疫療法は、特定のマーカーを含む細胞を標的化するように身体の免疫系に教えることで機能します。この治療法における重要なことは、がんに存在し、健康な組織には存在しない細胞マーカーの特定です。適切な分子標的の発見は、新たな治療法の研究開発において科学者が直面する最大の障害の1つです。潜在的な新しい標的が特定されるたびに、その新しい標的の研究に必要な抗体ツールの開発競争が始まります。
さらに、FFPE組織サンプルの免疫組織化学 (IHC) 解析は、固形がんの研究において重要ですが、IHCの実施は、抗体開発の初期段階において非常に困難です。IHCでは、ウェスタンブロット (WB) や免疫蛍光染色 (IF) などのその他の技術と比較して、組織サンプルは複雑であり、特別な前処理が必要となるため、特異性と感度を確保するための抗体検証を慎重に行う必要があります。本ブログでは、CSTの専門の科学者チームが、近年注目されているがん免疫学の有望な創薬標的であるClaudin-6に対するIHC検証済み抗体を、どのように開発したかを紹介します。
Claudin-6 (CLDN6) は、タイトジャンクションタンパク質であるクローディンファミリーのメンバーであり、近年注目されている新たな標的です。胚や胎児の発達過程に発現しますが、成人の組織では通常は発現が抑制されています。しかし、卵巣がんや精巣がん、子宮内膜がんなどのいくつかの上皮がんの細胞表面に再発現します。Claudin-6は、正常な成人の組織では発現が抑制されており、がんに発現していることから、がん免疫研究の良い標的となります。
Claudin-6は1990年代に初めて発見されましたが、その標的としての関心が高まったのは最近のことです。現在、BioNTech、Xencor、NovaRock、Amgen、I-Mab、Chugai、Daiichi Sankyo、AbbVieはすべて、その治療可能性を調査する研究プログラムが実施されています。
CSTの科学者は、がんにおけるこの有望な標的の機能を探求する初期の研究を追跡し、この標的を研究する研究者が利用できる、Claudin-6に特異的な抗体を同定するための抗体開発キャンペーンを開始しました。特異性と感度の高い抗体を研究に用いることは、その後に続く、正常な組織を標的としない改変T細胞を用いた安全かつ優れた免疫療法の開発に非常に重要です。例えば、Claudin-6は、成人の組織ではほぼ発現していませんが、非常に関連性の高いタンパク質であるClaudin-9 (CLDN9) は、Claudin-6と構造が似ており、全身に高レベルで発現しています。
関連ブログ: お使いの研究用抗体は信頼できますか? |
さらに、優れたClaudin-6抗体には、特異性と感度だけでなく、がん免疫学研究に広く用いられる技術であるIHCアッセイで機能することが求められます。
CSTの科学者は、IHCなどの様々なアプリケーションで機能する優れたClaudin-6モノクローナル抗体を開発する前に、複数のプロジェクトを開始しました。
まず、標的が過剰発現しているOVCAR-3細胞株 (Claudin-6ポジティブ) と、発現が低いまたは発現していないDU145細胞株 (Claudin-6ネガティブ) を用いたバイナリーモデルシステムを採用して、調査を開始しました。次に、数百もの抗体サンプルのウェスタンブロッティングを行い、OVCAR-3由来のライセートで正しい分子量のタンパク質 (Claudin-6の場合は23kDa) を検出し、DU145由来のライセートでは何もシグナルを示さない抗体を探しました。
CSTのプリンシパルサイエンティストであるSusan Kane博士に当時のお話を聞きました。「WBで、候補となるモノクローナル抗体が有望であると判断したら、同様のバイナリーシステムを使用して目的のアプリケーションで試験します。また同様に、疾患と関連する目的の組織における発現レベルのスクリーニングなどの、抗体の特異性や感度を確認するための他の検証戦略も行います。」
チームは、CSTのHallmarks of Antibody Validation (抗体検証における戦略) を用いて、モノクローナル抗体をWB、免疫沈降 (IP)、免疫蛍光染色 (IF-IC) で検証し、Claudin-6 (E2S5M) Rabbit mAb #62831を得ることができました。
図1. Claudin-6 (E2S5M) Rabbit mAb #62831製品の検証データの一部を示しています。左:OVCAR-3細胞とDU 145細胞を#62831を用いてIFして解析しました。右:OVCAR3細胞とDU 145細胞の抽出物を、#62831 (上) と β-Actin (D6A8) Rabbit mAb #8457 (下) を用いてWBで解析しました。予想通り、DU 145細胞におけるClaudin-6の発現は低い、または陰性です。
しかし、図2に示すように、WBスクリーニングで同定された初期のクローンは、すべてIHC検証で不合格となりました。「多くのアプリケーション、特にIHC用の抗体クローンのスクリーニングは骨の折れる作業です。」と、Kane博士は述べます。「IHCの場合、組織特有の複雑さにより、試験の複雑さが増します。弊社のIHCの科学者は、特定の標的について数百ものクローンのスライド上の染色パターンを確認し、類似点や相違点、矛盾点、不自然な点などを調査します。」
図2. パラフィン包埋OVCAR-3細胞ペレット (左、ポジティブ) またはDU145細胞ペレット (右、ネガティブ) を、Claudin-6 (E2S5M) Rabbit mAbを用いてIHCで解析しました。最初の希釈率では、どちらにも非特異的な核シグナルがみられました。タイトレーションにより、ネガティブ細胞からは非特異的シグナルはほぼ消失しましたが、一部のOVCAR-3細胞では、限定的な特異的シグナルを示しつつ、強い核内シグナルが残りました。クローンE225Mは、IHC用に検証されていません。
アプリケーションのプロトコールごとにサンプル調製法方法が異なるため、各アプリケーションで独立した検証を行うことが、そのアプリケーションで抗体が機能することを保証する唯一の方法です1。これは、特に組織の処理が抗体の反応性に強く影響するIHCにおいて重要です。FFPE組織を調製する際のホルマリン固定は、メチレン架橋を形成し、タンパク質の立体構造と抗原結合部位 (エピトープ) を変化させるため、標的抗原の抗原性に影響を及ぼします2。 プロテアーゼ (トリプシン、Proteinase K) 処理や熱処理などの抗原賦活化技術により、抗原の反応性を部分的に回復させることができますが、FFPE組織における抗体の性能は、他のアプリケーション、特に免疫細胞化学染色 (ICC) のような細胞アッセイと比較して大きく異なる可能性があることに変わりはありません。
「CSTのように厳密に抗体を検証することの難しさの1つに、様々な組織タイプにおける既存の発現レベルの違いの確認が挙げられます。」と、Kane博士は解説します。「しかし、Claudin-6などの最先端の標的は、想定される発現レベルがまだ研究中であり、通常とは異なる結果がみつかることもあるため、弊社の基準だけで抗体を真に検証することは難しい場合があります。弊社のIHC抗体がClaudin-6に結合していること、そしてClaudin-6だけに結合していることを確認するために、工夫を凝らし、LC-MS (液体クロマトグラフィー質量分析) プロテオミクスなどの他の方法を用いて結果を確認する必要がありました。」
IHC検証済みのClaudin-6抗体の探索と並行して、CSTの別のチームは、LC-MSを用いたFFPE腫瘍ブロックClaudin-6の発現レベルの解析に精力的に取り組んでいました。IHCチームは、作成された大量のプロテミクスデータにより、有望な抗体クローンの探索に必要な、その他の組織サンプルにおけるClaudin-6の発現レベル (高発現、中発現、低発現) を決定できました。多数の疾患組織と正常組織で何度も試験を行って有望なクローンを特定し、質量分析で特性解析した組織で得られた染色パターンを用いて、そのクローンがClaudin-6を特異的に染色できることを確認しました。
チームは、抗体が異なる開発段階や様々な理由で不合格になる度に、ふりだしに戻って各抗体の再試験を行い、最終的に目的の抗体:FFPE組織のIHCアプリケーション用の特異性と感度の高いモノクローナル抗体を手に入れました。
抗体開発の最終ステップでは、クローンE7U2Oが、Claudin-9などの構造的に類似したタンパク質と交差反応性を示さないことを確認しました。WBとIHCの追加試験を行い、クローンE7U2OがClaudin-6と反応すること、さらにClaudin-6のみに反応することを確認しました。このクローンは最終的にClaudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAb #18932となりました。
図5. トランスフェクションなし (左) またはClaudin-9をトランスフェクションした293T細胞のパラフィン包埋細胞ペレットを、Claudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAb (上) または DYKDDDDK Tag (D6W5B) Rabbit mAb #14793 (下) を用いてIHCで解析しました。
「CSTでの抗体開発科学者とアプリケーション科学者の役割は、抗体の候補を失敗に導くことです」とKane博士は説明します。「考えられるすべての可能性を試験し、それでも期待通りに機能するのであれば、その抗体はお客様に販売するに足る十分な特異性と感度を持つことが分かっています。最終的にE7U2OのようなIHCでの使用に合格する抗体クローンが得られれば、バースデーパーティーよりも嬉しいですね!」
IHCで使用可能な、Claudin-6に対する特異性の高いモノクローナル抗体は、成人の固形がん治療における新たなアプローチの調査に重要なツールです。IHC用として厳密に検証済みのCST抗体は、得られた結果に対する自信と信頼性を高め、新たな治療の可能性につながることが期待できます。
CST製品カタログに掲載されている、リコンビナントモノクローナル抗体に関する詳細をご覧ください。
22-bch-99750