研究用抗体の開発には、広範な工程が必要です。目的の分子に結合する標識用試薬の作成に、動物の適応免疫応答を利用します。抗体開発を行う科学者は、適応免疫系に特有の能力を活用し、生物学的サンプルの研究に用いられる最も強力な技術の1つである、多様な免疫アッセイ用の抗体試薬の同定や製造を行います。
しかし、特定の標的に結合する特異性と感度の高い抗体試薬の同定と開発には、数か月、時には数年にわたる研究や実験、検証が必要です。抗体開発を行うCSTの科学者は、現在使用されている治療法の動向と、疾患の理解の進展に常に注意を払っています。製品開発を行う科学者は、製品販売の数年前から、自身の洞察と予測を用いて標的を選択し、数百もの有望な標的に対する特異性と感度の高い抗体の探索を開始しています。
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固形がんに対する細胞療法の課題
キメラ抗原受容体 (CAR) T細胞や抗体薬物複合体 (ADC)、mRNAワクチン、T細胞リダイレクト二重特異性抗体、細胞活性化二重特異性抗体などの標的免疫療法は、白血病などの血液がんの治療に成功しています。しかし、乳がんや肺がん、膵臓がん、卵巣がん、前立腺がんなどの固形がんを治療する細胞療法の開発は、いまだ難航しています。この種のがんが圧倒的多数を占めているにもかかわらず、2023年現在、固形がんを標的とする遺伝子改変した細胞を用いた治療法はありません。
免疫療法は、特定のマーカーを含む細胞を標的化するように身体の免疫系に教えることで機能します。この治療法における重要なことは、がんに存在し、健康な組織には存在しない細胞マーカーの特定です。適切な分子標的の発見は、新たな治療法の研究開発において科学者が直面する最大の障害の1つです。潜在的な新しい標的が特定されるたびに、その新しい標的の研究に必要な抗体ツールの開発競争が始まります。
さらに、FFPE組織サンプルの免疫組織化学染色 (IHC) 解析は、固形がん研究における重要な要素です。IHCは、実施にあたり抗体の開発が必要となる難しいアプリケーションです。 ウェスタンブロット (WB) や免疫蛍光染色 (IF) などの他の手法とは異なり、IHCに用いる組織サンプルは複雑であり、特殊な調製方法が必要です。そのため、科学者は、特異性と感度が確保された結果を取得するために、IHC用の抗体検証に慎重に取り組むことが求められます。本ブログでは、CSTの優秀な科学者チームが、近年注目されているがん免疫学の有望な創薬標的であるClaudin-6に対するIHC検証済み抗体を、どのように開発したかを紹介します。
研究用のIHC検証済みClaudin-6抗体の開発競争
Claudin-6 (CLDN6) は、タイトジャンクションタンパク質であるクローディンファミリーのメンバーであり、近年注目されている新たな標的です。胚や胎児の発達過程に発現しますが、成人の組織では通常は発現が抑制されています。しかし、卵巣がんや精巣がん、子宮内膜がんなどのいくつかの上皮がんの細胞表面に再発現します。Claudin-6は、正常な成人の組織では発現が抑制されており、がんに発現していることから、がん免疫研究の良い標的となります。
Claudin-6は、1990年代に発見されましたが、この標的に対する関心が爆発的に高まったのは近年のことです。現在、BioNTech社やXencor社、NovaRock社、Amgen社、I-Mab社、中外製薬株式会社、第一三共株式会社、アッヴィ合同会社が、Claudin-6の治療対象としての可能性を確かめる研究を行っています。
CSTの科学者は、がんにおけるこの有望な標的の機能を探求する初期の研究を追跡し、この標的を研究する研究者が利用できる、Claudin-6に特異的な抗体を同定するための抗体開発キャンペーンを開始しました。特異性と感度の高い抗体を研究に用いることは、その後に続く、正常な組織を標的としない改変T細胞を用いた安全かつ優れた免疫療法の開発に非常に重要です。例えば、Claudin-6は、成人の組織ではほぼ発現していませんが、非常に関連性の高いタンパク質であるClaudin-9 (CLDN9) は、Claudin-6と構造が似ており、全身に高レベルで発現しています。
さらに、優れたClaudin-6抗体には、特異性と感度だけでなく、がん免疫学研究に広く用いられる技術であるIHCアッセイで機能することが求められます。
抗Claudin-6モノクローナル抗体の同定と検証
CSTの科学者は、IHCなどの様々なアプリケーションで機能する優れたClaudin-6モノクローナル抗体を開発する前に、複数のプロジェクトを開始しました。
まず、標的が過剰発現しているOVCAR-3細胞株 (Claudin-6ポジティブ) と、発現が低いまたは発現していないDU145細胞株 (Claudin-6ネガティブ) を用いたバイナリーモデルシステムを採用して、調査を開始しました。次に、数百もの抗体サンプルのウェスタンブロッティングを行い、OVCAR-3由来のライセートで正しい分子量のタンパク質 (Claudin-6の場合は23kDa) を検出し、DU145由来のライセートでは何もシグナルを示さない抗体を探しました。
CSTのプリンシパルサイエンティストであるSusan Kane博士に当時のお話を聞きました。「WBで、候補となるモノクローナル抗体が有望であると判断したら、同様のバイナリーシステムを使用して目的のアプリケーションで試験します。また同様に、疾患と関連する目的の組織における発現レベルのスクリーニングなどの、抗体の特異性や感度を確認するための他の検証戦略も行います。」
チームは、CST® Hallmarks of Antibody Validation™ (抗体検証における戦略) を用いて、モノクローナル抗体をWB、免疫沈降 (IP)、免疫蛍光染色 (IF-IC) で検証し、Claudin-6 (E2S5M) Rabbit mAb #62831を得ることができました。
図1:Claudin-6 (E2S5M) Rabbit mAb #62831の検証データの一部です。左:OVCAR-3細胞とDU 145細胞を、#62831を用いてIFで解析しました。右:OVCAR-3細胞とDU 145細胞の抽出物を、#62831 (上) とβ-Actin (D6A8) Rabbit mAb #8457 (下) を用いてWBで解析しました。期待どおり、DU 145はClaudin-6の発現は低いまたはネガティブでした。
しかし、図2に示すように、WBスクリーニングで同定された初期のクローンは、すべてIHC検証で不合格となりました。「多くのアプリケーション、特にIHC用の抗体クローンのスクリーニングは骨の折れる作業です。」と、Susan博士が述べます。「IHCの場合、組織特有の複雑さにより、試験の複雑さが増します。弊社のIHCの科学者は、特定の標的について数百ものクローンのスライド上の染色パターンを確認し、類似点や相違点、矛盾点、不自然な点などを調査します。」
図2:パラフィン包埋したOVCAR-3細胞ペレット (左、ポジティブ) またはDU145細胞ペレット (右、ネガティブ) をClaudin-6 (E2S5M) Rabbit mAbを用いてIHCで解析しました。最初の希釈率では、どちらの細胞ペレットにも非特異的な核シグナルがみられました。タイトレーションにより、ネガティブ細胞からは非特異的シグナルはほぼ消失しましたが、一部のOVCAR-3細胞では、限定的な特異的シグナルを示しつつ、強い核内シグナルも残りました。クローンE2S5Mは、IHC用に検証されませんでした。
なぜWBやIP、IFで機能する抗体がIHCの検証で不合格となるのか
アプリケーションのプロトコールごとにサンプル調製方法が異なるため、各アプリケーションで独立した検証を行うことが、そのアプリケーションで抗体が機能することを保証する唯一の方法です1。 これは、特に組織の処理が抗体の反応性に強く影響するIHCにおいて重要です。FFPE 組織を調製する際のホルマリン固定は、メチレン架橋を形成し、タンパク質の立体構造と抗原結合部位 (エピトープ) を変化させるため、標的抗原の抗原性に影響を及ぼします2。プロテアーゼ (トリプシン、Proteinase K) 処理や熱処理などの抗原賦活化技術により、抗原の反応性を部分的に回復させることができますが、FFPE組織における抗体の性能は、他のアプリケーション、特に免疫細胞化学染色 (ICC) のような細胞アッセイと比較して大きく異なる可能性があることに変わりはありません。
「CSTのように厳密に抗体を検証することの難しさの1つは、様々な組織タイプにおける既存の発現レベルの確認です。」と、Susan博士が解説します。「しかし、Claudin-6などの最先端の標的は、想定される発現レベルがまだ研究中であり、通常とは異なる結果がみつかることもあるため、弊社の基準だけで抗体を真に検証することは難しい場合があります。弊社のIHC抗体がClaudin-6に結合していること、そしてClaudin-6だけに結合していることを確認するために、工夫を凝らし、LC-MS (液体クロマトグラフィー質量分析) プロテオミクスなどの他の方法を用いて結果を確認する必要がありました。」
IHC検証済みClaudin-6抗体の探索研究と並行して、CSTの他のチームは、LC-MSを用いてFFPE腫瘍ブロックにおけるClaudin-6の発現レベルの解析にすでに精力的に取り組んでいました。IHCチームは、作成された大量のプロテミクスデータにより、有望な抗体クローンの探索に必要な、その他の組織サンプルにおけるClaudin-6の発現レベル (高発現、中発現、低発現) を決定できました。多数の疾患組織と正常組織で何度も試験を行って有望なクローンを特定し、質量分析で特性解析した組織で得られた染色パターンを用いて、そのクローンがClaudin-6を特異的に染色していることを確認しました。
チームは、抗体が異なる開発段階や様々な理由で不合格になる度に、ふりだしに戻って各抗体の再試験を行い、最終的に目的の抗体:FFPE組織のIHCアプリケーション用の特異性と感度の高いモノクローナル抗体を手に入れました。
図3:様々なパラフィン包埋ヒト組織:卵巣漿液性乳頭がん (左上)、唾液腺小細胞がん (中上)、甲状腺乳頭がん (右上)、肝細胞がん (左下)、非ホジキンリンパ腫 (中下)、肺肉腫 (右下) を、Claudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAbを用いてIHCで解析しました。
図4:様々なパラフィン包埋ヒト正常組織:胎盤 (左上)、虫垂 (中上)、食道 (右上)、脳 (左下)、膵臓 (中下)、扁桃 (右下) をClaudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAbを用いてIHCで解析しました。
抗体開発の最終ステップでは、クローンE7U2Oが、Claudin-9などの構造的に類似したタンパク質と交差反応性を示さないことを確認しました。WBとIHCの追加試験を行い、クローンE7U2OがClaudin-6と反応すること、さらにClaudin-6のみに反応することを確認しました。このクローンは、最終的にClaudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAb #18932となりました。
図5:トランスフェクションなし (左) またはClaudin-9をトランスフェクションした293T細胞のパラフィン包埋ペレットを、Claudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAb (上) または DYKDDDDK Tag (D6W5B) Rabbit mAb #14793 (下) を用いてIHCで解析しました。
「CSTの抗体開発を行う科学者とアプリケーションサイエンティストの役割は、候補となる抗体を不合格にすることです。」と、Susan博士は解説します。「考えられるすべての可能性を試験し、それでも期待通りに機能するのであれば、その抗体はお客様に販売するに足る十分な特異性と感度を持つことが分かっています。最終的にE7U2OのようなIHCでの使用に合格する抗体クローンが得られれば、バースデーパーティーよりも嬉しいですね!」
IHCで使用可能な、Claudin-6に対する特異性の高いモノクローナル抗体は、成人の固形がん治療における新たなアプローチの調査に重要なツールです。IHC用として厳密に検証済みのCST抗体は、得られた結果に対する自信と信頼性を高め、新たな治療の可能性につながることが期待できます。
CST製品カタログで、Claudin-6 (E7U2O) XP® Rabbit mAb #18932の詳細をご覧ください。
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参考文献
- Mariaville C, Martineau P. Antibody Identification for Antigen Detection in Formalin-Fixed Paraffin-Embedded Tissue Using Phage Display and Naïve Libraries.
Antibodies (Basel). 2021;10(1):4. Published 2021 Jan 14. doi:10.3390/antib10010004 - Bayer, M., Angenendt, L., Schliemann, C., Hartmann, W., & König, S. (2019). Are formalin-fixed and paraffin-embedded tissues fit for proteomic analysis? Journal of Mass Spectrometry, 55(8).
- Chen A. In the search for therapies for solid tumors, companies are turning to a novel target: claudin-6. STAT. https://www.statnews.com/2023/01/18/cancer-therapies-solid-tumors-claudin-6-cldn6/. Published 2023 年 1月 18 日. Accessed 2023 年 9月 25 日.
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