実験を成功させる上で、絶対に欠かせない要素があります。それは、適切な抗体の選択です。もしも、選択した試薬が複数の標的に見境なく結合したり、目的のタンパク質に対するアフィニティーが低かったりすると、実験設計に問題がなくプロトコールを完璧に実行したとしても、不正確な結果しか得られません。
神経科学に関連するタンパク質の抗体のうち…3分の2もの試薬が、メーカーの謳うような機能を示しません。
- The antibodies don’t work! , Nature 2024
多くの研究者は、信頼できるメーカーの抗体を使用すれば、その試薬は期待通りに機能し、サンプル中の標的を正確に解析できると安易に考えてしまっているかもしれませんが、必ずしもそうとは限りません。
抗体は万能ではない
抗体の品質の低さが「再現性の危機」の主な原因であることを、これまでに様々なグループが繰り返し指摘しています。モントリオール神経研究所 (マギル大学学術医療センターThe Neuro) のDistinguished James McGill ProfessorであるPeter McPherson教授の研究室を拠点とする、Antibody Characterization through Open Science (YCharOS、イカロスと発音) グループは、神経科学に関連するタンパク質に対する600種類を超える抗体を特性解析した結果、半数以上の試薬がメーカーの謳うような性能を示さないことを発見しました1。現在、およそ350社の世界的な抗体メーカーにより製造された約770万種類の研究用抗体製品が市場に出回っていますが、その中には、実験に使用した際に期待通りに機能しない抗体が500万種類以上も潜在的に含まれていると考えられます。
この数字だけでも非常に恐ろしいのですが、多くの研究者の悩みの種となる最大の問題は、抗体が正しく機能しているかどうかをたった1回の実験データから判断することがしばしば困難、あるいは不可能であるということです。偽陽性または偽陰性であるのに正確な結果と捉えてしまうこともあり、時には、そのようなデータが発表されてしまうことさえあります。
実際のところ、どのようなアプリケーションであっても正しく機能しない抗体試薬は存在します。例えば、YCharOSは、メーカーがウェスタンブロット (WB) 用として推奨する抗体の半分以上が正しく機能しないことを発見しています。つまり、目的の標的を検出しない、または標的だけでなく不要なタンパク質も検出してしまう場合があります。
「世の中には数千もの学術論文がありますが、残念ながら、非常に評判の高い学術誌の中にも機能しない抗体を用いて得られた結果に基づくものが存在します。」と、YCharOSの共同創設者であるCarl Laflamme博士は述べます。「もちろん、著者らは結果が不正確であることに気づいていません。多くの場合、その論文は他の研究にも引用されるため、科学的再現性の危機が終息しないのです。」
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Laflamme博士は、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) を研究していた際に、身をもってこの「再現性の危機」を体験し、これが最終的なきっかけとなってYCharOSの設立に至りました。博士は、ポスドクとしてALSを研究をしていた時に、同僚とテストを行ったところ、ALSの原因と疑われる遺伝子に関する当時の既存の研究はすべて、実際には標的タンパク質に結合しない抗体を利用していることが分かり、非常に驚きました。
「機能しない抗体を使用ことにより、実験時間が無駄になります。それだけに留まらず、得られた結果を発表することで混乱を招き、それを究明するための時間がさらに必要となるという結末につながりかねません。」とYCharOSオペレーションダイレクターであるRiham Ayoubi博士は述べます。「これは、数十年来の問題であり、命を救う治療薬の開発を遅らせることにつながります。研究者はこの問題に気付き始めており、YCharOSは彼らの正しい試薬の選択をサポートしたいと考えています。」
実験に最適な抗体を選択する方法
YCharOSは先日、最も頻用されるアプリケーション (WB、免疫沈降、免疫蛍光染色) 用抗体の性能を検証する「抗体特性評価戦略」について詳述した論文をNature Protocols誌にて発表しました2。
YCharOSは、この論文に記載した取り組みの一環として、学術機関やCell Signaling Technologyを含む複数の抗体メーカーと協働で市販抗体の再試験を行っています。
「CST抗体を継続的に再検証する標準的なプロセスの一環として、YCharOSチームと協働し、CSTの特性解析プラットフォームで試験を行ったところ、CST試薬のすべてがWBで期待通りの結果を示しました。」とCSTのシニアサイエンティストであるSrikanth Subramanian博士は述べます。
抗体市場は複雑化しており、抗体検証を理解して実験に適した試薬を選択することは非常に困難であると感じるかもしれません。しかし、いくつかのシンプルな原則に従えば、実験モデルで確実に機能する抗体を見つけることができます。
信頼できる抗体を選択するためのヒントをいくつか紹介します。
1. メーカーが提供するアプリケーションごとの検証データを確認する
新しい研究プロジェクトを開始する際、特定の抗体を使用した過去の経験から、安易に抗体を選択してしまうことがあるかもしれません。しかし、あるアプリケーションで機能した抗体が、他のアプリケーションでも機能するとは限りません。 - Katherine (Katie) Crosby (CST抗体アプリケーション&検証部門シニアダイレクター) |
メーカーが提供するアプリケーションごとの検証データで確認すべきこと
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クロマチン免疫沈降 (ChIP):2種類以上の既知のポジティブ標的遺伝子座と1種類のネガティブ標的遺伝子座の免疫濃縮を行い、qPCRで解析した際の既知のポジティブ標的遺伝子座を検出するための増幅回数が、既知のネガティブ標的遺伝子座と比較して最小であることを確認します。また、標的特異的抗体とアイソタイプコントロール抗体の比較により得られるシグナル対ノイズ比が最適であることを確認します。 |
⇒ | 免疫組織化学染色 (IHC): バックグラウンドが最小限であり、適切な組織に局在する明瞭で特異的な染色がみられ、適切なポジティブコントロールとネガティブコントロールが用いられていることを確認します。 |
⇒ | 免疫蛍光染色 (IF): シグナルが細胞内は組織内の適切な位置に局在していることを確認します。また、バックグラウンドノイズが最小限であり、適切なポジティブコントロールとネガティブコントロールが用いられていることを確認します。 |
⇒ | フローサイトメトリー: タンパク質の発現レベルに基づいて細胞集団を正確に同定できていることを確認します。また、最適なS/N比を示し、適切なポジティブコントロールとネガティブコントロールが用いられていることを確認します。 |
⇒ | 免疫沈降:適切なポジティブコントロールとネガティブコントロールが用いられており、バックグラウンドノイズが最小限で標的タンパク質に対する強く特異的なシグナルが示されていることを確認します。 |
⇒ | ウェスタンブロッティング (WB):標的分子量が明確で特異的なバンドを示し、バックグラウンドが最小限であり、適切なポジティブコントロール、ネガティブコントロール、ローディングコントロールが用いられていることを確認します。 |
2. 信頼できる第三者のデータを活用する
「YCharOSの他にも、検証データを提供する信頼できる組織が数多く存在します。使用を検討している抗体が、使用予定のアプリケーションや動物モデルでこれらの機関により検証されているかどうかを確認してください。」 - Carl Laflamme博士 (YCharOS共同設立者) |
信頼性で知られている組織
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YCharOS: 抗体の特性解析を行い、抗体の潜在的な問題に関する認識を高め、オープンサイエンスを通じてより良いデータ共有の実践を促すことを目的とする共同イニシアチブです。 |
⇒ | CiteAb:抗体などの研究用試薬を、査読付き科学文献に引用された頻度に基づいてランク付けし、 研究者が最適な試薬を見つけるのをサポートするデータベース検索エンジンです。 |
⇒ | HuBMAP: 細胞レベルでヒトの体をマッピングし、細胞が健康にどのように相互作用し、影響を与えるかを理解することを目的としたプラットフォームです。 |
⇒ | Only Good Antibodies (OGA):英国を拠点とするYCharOSの共同プロジェクトであり、再現性の向上に努め、十分に特性解析された高品質な抗体の使用を推進しています。 |
3. 実験モデルを検証し、標的を理解する
「標的タンパク質を理解し、適切なコントロールを使用することは、実験の正確性を高めるために不可欠です。これは、結果が意図された生物学的プロセスを反映していることを確認する上で、非常に重要なプロセスです。 既存の研究やデータベースを徹底的に調べ、標的の既知の機能や相互作用、疾患状態を反映する発現レベルを理解することにより、観察される変化が無関係な変数やオフターゲット効果によるものではなく、標的タンパク質の操作に直接関係するものとなるような実験を設計できます。」 - Srikanth Subramanian博士 (CSTシニアサイエンティスト) |
実験モデルを選択して検証する際に調査すべきこと
⇒ | 既存の文献で、標的の研究に最も一般的に用いられている動物モデルは何か? |
⇒ | その動物 (細胞や組織) モデルで予想される標的の発現レベルは?他の動物モデルとの違いは? |
⇒ | 既存の文献で、標的の研究に最もよく用いられている組織タイプは何か? |
⇒ | 使用予定の組織タイプで予想される標的の発現レベルは?他の組織タイプとの違いは? |
⇒ | 疾患組織において標的の発現はどのように変化すると予想されるか?動物モデルや組織によって予想される発現は異なるのか? |
⇒ | 既存の文献や各タンパク質データベースで、上記の疑問に対するコンセンサスが得られるか、それとも相反する結果が示されているか? |
市場の混乱に左右されないCST抗体
CSTは、常に抗体の量よりも質を重視しており、1抗体あたりの引用件数が他のどのサプライヤーよりも多いことを大変誇りに思っています。
「厳密な抗体検証は、弊社の業務の中核をなすものであり、これこそが、CST抗体が25年以上にわたって信頼できる性能の基準を築いてきた理由です。」と、Subramanian博士は述べます。「弊社独自の検証実験とYCharOSなどの第三者機関による試験に基づき、データシートに記載された推奨プロトコールに従って使用した場合、弊社の抗体は初回および毎回、機能することが保証されています。」
「CSTブルー」のキャップの抗体バイアルを見ると、それは本当に信頼できる抗体であることがすぐに分かるというお言葉を、様々な研究者から何度もいただいています。25年以上にわたり、弊社は信頼性の高い試薬の業界標準を確立してきました。弊社は、このことを大変誇りに思っており、今後25年間も維持し続けることをお約束します。
参考文献
- Ayoubi R, Ryan J, Biddle MS, et al. Scaling of an antibody validation procedure enables quantification of antibody performance in major research applications. Elife. 2023;12:RP91645. Published 2023 Nov 23. doi:10.7554/eLife.91645
- Biddle MS, Virk HS. YCharOS open antibody characterisation data: Lessons learned and progress made. F1000Res. 2023 Oct 16;12:1344. doi: 10.12688/f1000research.141719.1. PMID: 37854875; PMCID: PMC10579855.