膵臓がんは治療が難しく、早期診断が困難ながんです。膵臓は身体の奥深くにあるため、一般的な健康診断では腫瘍は発見されません。自覚症状が現れる頃にはがんは大きくなっており、多くの場合は転移が生じています1。限局性膵臓がんの5年生存率は42%ですが、転移が生じると3%に激減します2。残念なことに、80%近くの膵臓がん患者が末期と診断され、多くの患者が1年以内に命を落としています。
膵臓がん、中でも膵臓がんの大部分を占め、最も治療が難しいとされる膵管腺がん (PDAC) の新しい診断法や治療法の確立が急務となっています。CA 19-9やMUC5ACなどのバイオマーカーは予後予測の指標として研究されており、これらは組み合わせることでバイオマーカーとして用いることができるかも知れません3。
パラフィン包埋正常ヒト膵臓組織をCA 19-9 (C241:5:1:4) Mouse mAb #68030を用いて、Leica Biosystems社のBOND RXで免疫組織化学染色して解析しました
PDACでは、がんの進行度に合わせ、高頻度で線維増生や結合組織の形成が見られます。そのため、線維化マーカーであるα-smooth muscle actinやCOL1A1、Fibronectin/FN1なども、治療効果を追跡する研究に利用できる可能性があります。また、PDACでは、がん抑制因子であるp16 INK4Aやp53、SMAD4の機能喪失型変異と、K-Rasの機能獲得型変異が頻繁に見られます。
これらの変異を研究することで、がんの進行を促進する分子メカニズムに関するさらなる知見を得たり、新たな治療標的や治療法を見出すことができるかもしれません。
PDACの際立った特徴として、細胞外マトリクス (ECM) が豊富なことが挙げられ、これが腫瘍体積の90%に及ぶこともあります。ECM分子はがん微小環境 (TME) の重要な構成成分であり、腫瘍の形成に大きく影響する可能性があります。したがって、膵臓がんの新たな治療法として、代謝基質やECM高分子、免疫系成分などのTMEの構成要素を標的としたTMEを操作する方法の確立が期待されています。例えば、マクロファージや顆粒球を標的としてCSF-1RやCXCR2阻害剤を用いると、PDACの免疫チェックポイント阻害剤に対する感度が向上することが分かっています4 。
TMEを操作する方法の1つに、TMEの線維化に深く関与するがん関連線維芽細胞 (CAF) の機能と挙動を標的とする方法が挙げられます。CAFは不均一な細胞集団であり、腫瘍の形成を促進する亜集団と、腫瘍の形成を抑制する亜集団が存在します。腫瘍の形成を抑制する筋線維芽細胞性CAF (myCAF) は収縮性があり、α-smooth muscle actinを発現しています。腫瘍の形成を促進する炎症性CAF (iCAF) は、IL-6やLIFなどのサイトカインを分泌し、がん細胞の生存や運動、細胞遊走を促進することで腫瘍転移に寄与すると考えられています。腫瘍の近傍に存在するCAFのTGFβシグナル伝達はmyCAFの機能を促進し、腫瘍からの Jak/Stat 経路を介したIL1aの分泌はiCAFの機能を促進します。OSM (Oncostatin M) シグナル伝達がOSMR (Oncostatin M受容体) を介してCAFを腫瘍形成促進性へとリプログラミングするという研究成果も報告されています。さらに、OSM欠損マウスに移植された腫瘍は成長が遅く、転移もしないため、病気の進行が遅くなります。最後に、CAFを標的としてビタミンD受容体アゴニストやLIFブロッキング抗体、CXCR4阻害剤を用いると、化学療法や免疫療法をはじめとした複数の治療法への反応が改善することが示されています。これらをまとめると、PDACの線維化という性質を用いたTMEを標的とする治療法は、膵臓がん患者の予後を改善できる新たな治療アプローチであると考えられます。