男性の約8人に1人が前立腺がんと診断されますが、これは米国男性のがん関連死亡者数で2番目に多い死因となっています1、2。通常、早期の前立腺がんの成長はアンドロゲン依存性であり、ホルモン療法が有効です。それでは、何故これほど多くの男性が前立腺がんで亡くなるのでしょうか?去勢抵抗性前立腺がん (CRPC: Castration resistant prostate cancers) などの末期がんの多くはアンドロゲン非依存性で、ホルモン療法の効果も失われます。したがって、早期発見が非常に重要です。前立腺特異的抗原 (PSA: Prostate-specific antigen) をモニタリングする簡単な血液検査がよく実施されており、これによって追加検査が必要な男性を選別し、最終的な診断が確定されていきます。
現在、CRPCに対する第一選択薬はアンドロゲン生合成阻害剤であるAbirateroneで、これは精巣における アンドロゲン受容体 (AR) の産生を抑制します。CRPCにはAR拮抗薬であるEnzalutamideもよく使用されますが、がん細胞は最終的に耐性を獲得します。したがって、末期前立腺がん患者に効果的な治療を行うためには、新たな治療法や併用療法の開発が不可欠です。前立腺がんで確認されたいくつかの遺伝子変異が治療標的となる可能性が指摘されており、代表例として前立腺がんの50%でみられるTMPRSS2-ERG融合タンパク質が挙げられます。このほかによく観察される遺伝子変異には、ERG、 TMPRSS2、 CHD1、 FOXA1、SPOP、 BRCA1/2などがあります。 また、AR-V7 やAR-V567のなどのARバリアントも注目され続けています。これらのバリアントは、スプライシング異常によって産生される傾向があり、リガンド結合ドメインをもたないので前立腺がん細胞のアンドロゲン非依存的な増殖に寄与します。このため、腫瘍細胞はがんの特性の1つである 増殖シグナルの維持能力を獲得します。AR-V7はCRPCの主要なドライバーの1つで、転移がんやCRPCで高発現しています。そのため、特定のバリアントを標的とした治療法だけでなく、異なるバリアントを産生するスプライシングイベントの制御を目的とした治療法も検討されています3、4。
また、エピジェネティクス機構を標的にした免疫療法を併用することで、がんの特性の1つである腫瘍の 免疫による除去の回避能力に対処する方法もあります5。前立腺がんはT細胞の浸潤が少ない傾向があり、免疫学的に「非炎症性」のがんと考えられているため、通常は単独の免疫療法は好ましくありません。EZH2 はクロマチンを制御して遺伝子機能のサイレンシングを行うメチル基転移酵素です。EZH2はCRPCで高発現しており、CRPCや、Enzalutamide治療後に誘発される神経内分泌前立腺がんで、EZH2阻害剤が有望視されています。また、EZH2阻害剤はSTING経路を再活性化することで前立腺がんの「非炎症性」スイッチを入れ、免疫療法への応答性を向上させることが示されています。
OlaparibやRucaparibなどのPARP阻害剤は、CRPCや、相同組換え修復経路に変異をもつ30%の患者に対する、個別化医療に貢献する可能性があります。しかし、一般的なPARP阻害剤の総合的な有効性は明らかになっていません6、7。
標準的な化学療法に用いられるTaxane系薬剤は、AbirateroneやEnzalutamideなどのアンドロゲンシグナル伝達阻害剤と組み合わせて使用することができます。ある研究によると、DocetaxelとAR阻害剤による前治療を受けた患者にCabazitaxelとアンドロゲンシグナル伝達阻害剤を投与したところ、臨床成績の改善がみられています8、9。
探索段階の早期における有望なアプローチとして SWI/SNF複合体の構成成分の分解が挙げられます。SWISNF複合体はクロマチンリモデリング複合体で、FOXA1やERGの発現を促進する転写因子のエンハンサーエレメントへのアクセスを促進します。また、アンドロゲン受容体の発現を抑制する長鎖ノンコーディングRNAを再活性化薬剤が開発されており、現在、初期第Ⅰ相 (Phase 1a) 臨床試験に入っています。最後に、AR阻害剤治療への耐性を獲得するメカニズムへのアプローチが進められています。前立腺がん細胞は、ARシグナル伝達が阻害されると、これを補うためにアンドロゲン受容体に類似した 糖質コルチコイド受容体の発現を増加させます10。糖質コルチコイド受容体を阻害することで、第一選択の治療法への腫瘍の応答性が回復します。
去勢抵抗性前立腺がんの予後を楽観視することはできませんが、患者の治療成績を改善するために新たな併用療法が絶えず検討されています。効果的な併用療法を発見する研究は、臨床医が去勢抵抗性前立腺がんに対処する術を増やし、最終的には生命を救うことにつながっていきます。
参考文献