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抗体の必須知識 Part 1:抗体の基礎 | CSTブログ

筆者:Kenneth Buck, PhD | Jul 7, 2021

研究者の皆様は、研究における抗体の重要な役割を既によくご存知かと思われます。また、ここ数年、研究者の間で抗体検証が盛んに話題にされていることにお気付きかも知れません。抗体の必須知識シリーズの目的は、良い抗体とは何かということについての混乱を解消し、研究の助けになる抗体を選択する際に考慮すべきことのガイダンスを提供することです。消費者としての知識を身につけ、時間をかけて様々な抗体の特性と限界を理解すことで、信頼性の高い抗体実験のデータを得ることができ、より自信を持って研究結果を発表することができるようになります。

Part 1では、研究の再現性の危機と抗体検証の重要性に触れた後、構造と機能、結合特性、抗体を用いたアッセイの種類などの抗体の基礎知識を紹介します。その後、抗体検証のコンセプトを紹介し、なぜ様々な抗体の特性が重要なのかを説明します。

目次

抗体再現性の危機

研究の再現性の危機とは何を意味しているのでしょうか?近年、論文に発表されている実験結果が再現できないという例が増えているようです1-4。読者の方も、他の研究室が発表した実験を繰り返そうとして、うまくいかなかった経験があるかも知れません。あるいは、以前はうまくいっていた実験が別の日にはうまくいかなくなり、その原因を探らなければならなくこともあり得ます。再現性の問題には、様々な原因が考えられます。

  • 実験のデザイン
  • 解析やデータの解釈における不備
  • 細胞株のコンタミネーション
  • モデル生物種の複雑性
  • 特性の理解が不十分な試薬や用法の誤った試薬

抗体はこの最後のカテゴリーに分類されます。抗体だけが再現性の問題の原因というわけではありませんが、一因である事は確かです。

図1:2010年代に、研究結果が再現できない場合も多いことが科学者の間で話題にされ、この現象は「再現性の危機」と呼ばれています。

抗体を用いた実験の再現性が低い原因は大まかにいくつか考えられます。第一に、抗体の提供元が検証試験などの品質管理をほとんどあるいは全く実施していない可能性があります。

第二に、エンドユーザー (抗体を購入した科学者) が、自身の実験モデルと提供元が検証に用いたモデルの違いを考慮せず、最適化を行うことなく広告通りに抗体が機能すると信じてしてしまう場合があります。さらには、エンドユーザーの実験プロトコールや条件が、過去に発表されたものとは微妙に異なる場合もあります。残念なことに、科学者や出版社も同業者と編集者の立場から査読を行い、問題解決の努力を重ねているものの、発表された論文の「材料と方法」の詳細が不十分であることが再現性の問題の一因です。

最後に、実験室でのトレーニングや教育にも問題があります。訓練が不十分であることや、成果発表のプレッシャーが相まって上記の問題を悪化させることが考えられます。再現性の向上は,抗体の提供元、エンドユーザー、教育者、指導者、学術雑誌の出版元が共有する責任であると言えます。研究者としてのキャリアを通して、抗体がどのように作られ、どのように機能するのか理解を深めることで、堅牢で再現性のあるデータを得る可能性を上げることができます。

図2:再現性は共有の責任です。抗体の提供元、エンドユーザー (科学者)、指導者、学術雑誌の出版元の全てに研究の再現性を改善する責任があります。

 

抗体について、および研究におけるその利用方法

まず、生物学的に見て抗体とは何か、また抗体が研究室ツールとして有用な点は何か、というところから始めます。抗体は、B細胞と呼ばれる特定の免疫細胞が適応免疫応答において産生する複合タンパク質です。有顎魚類を起源とし、すべての高等脊椎動物が有する適応免疫系は、病原体などの外来性の分子を認識するために、高い特異性と膨大な多様性を備える分子記憶の一種です。ヒトの適応免疫系は、B細胞の発生過程で起こるDNA再編成の結果、理論上何十億ものレパートリーを持つユニークな抗体を産生しますが、これについては今後のブログでご紹介します。

異なる抗体は異なるエピトープや抗原を特異的に認識するので、この抗体の特異性を利用して、研究実験では生体分子の検出、診断用途では疾患のバイオマーカーの検出や妊娠検査、さらにはがん治療などの治療的介入に応用することができます。

図3:抗体は様々なアプリケーションフォーマット、すなわち免疫アッセイに利用することができます。

 

ほとんどの場合、研究における抗体の利用法は、何らかの免疫アッセイを行っている科学者の間で話題になります。免疫アッセイとは、標的の検出、捕捉、中和などに抗体を利用する幅広い技術を指します。一般的な免疫アッセイ、すなわち「アプリケーション」を図3に示しました。これには、ウェスタンブロット、免疫沈降、免疫組織化学染色、免疫蛍光染色、質量分析などが含まれます。 

免疫アッセイごとに単独の抗体を用いるもの、抗体ペアを用いるもの、複雑な抗体パネルを利用するものなどがあります。科学研究で最も一般的に使用されているのはマウスとラビットの抗体ですが、ラットやモルモットなどのげっ歯類や、ヤギ、ヒツジ、ロバなどの有蹄動物もよく利用されています。近年では、ニワトリ抗体や一本鎖のラクダ抗体もよく利用されるようになってきました。アッセイのタイプや抗体の宿主生物種によらず、抗体の検証と、アプリケーションや実験モデルごとにプロトコールの最適化が行われていることが、免疫アッセイの成功には重要です。これが不十分であると、得られたデータから誤った結論が導き出される原因となります。

図4:多くの脊椎動物が抗体をもっていますが、研究に利用される抗体のほとんどは哺乳動物種で産生されたものです。

「検証」という言葉自体の意味が、科学者によって微妙に異なることに注意が必要です。学術研究室であれば、検証は実験で使用する1つの抗体や試薬について適用されることが多いでしょう。前臨床研究、トランスレーショナルリサーチ、臨床診断など、患者サンプルを扱う製薬会社やバイオテクノロジー企業では、個々の試薬の性能を評価する場合に、「検証 (Validation)」ではなく「確認 (Velification)」という用語を使用することがあります。臨床の場では、「検証」はプロトコールや解析、試薬などを含むワークフロー (診断目的で患者から採取した生検材料の免疫組織化学染色など) 全体に適用される傾向があります。

本記事ではこれ以降、「検証」をより学術的な定義で使用し、実験やワークフロー全体ではなく抗体の性能を検証することを指します。

CSTの抗体検証

CSTは、抗体の検証を厳密に行い、抗体検証における戦略を遵守しています。原則的に、すべての製品について特定の免疫アッセイで使用できるかどうかを検証しています。例えば、ウェスタンブロットで使用した場合の感度と特異性が実証されているからと言って、その抗体が異なるワークフローを用いた異なるアッセイでも機能するとは必ずしも言えません。弊社ウェブサイトにある製品を検索すると、製品ごとに、抗体を検証したアプリケーションが記載されていることにお気づきになられると思います。 

本ブログの後半と、このシリーズの次のブログ記事で、感度と特異性の高い抗体にどのような意味があるのかを解説します。 

抗体の構造と機能

一般に、2本の同一重鎖と2つの同一軽鎖の4本のポリペプチドから抗体の単位が構成されています。それぞれの重鎖は3つの定常ドメインと1つの可変ドメインをもち、それぞれの軽鎖は1つの定常ドメインと1つの可変ドメインをもちます。分子内ジスルフィド結合でドメインが安定化し、分子間ジスルフィド結合で4本の鎖が結合します。これら4本の鎖で、教科書でおなじみの特徴的なY字型の構造をとります。

図5:それぞれの抗体高分子は、2本の重鎖と2本の軽鎖ポリペプチドで構成され、ジスルフィド結合によって結合します。

抗体内にあるペプシンやパパインなどによる切断部位を利用することで、酵素消化によって性質の異なる抗体断片を得ることができます。抗体のエフェクター末端はFc断片と呼ばれています。これが免疫応答において様々な免疫細胞上のFc受容体と相互作用します。重鎖に由来するFc断片のアミノ酸配列は、同一アイソタイプのすべての抗体で高度に保存されています。抗体の抗原結合末端はFab断片と呼ばれ、抗原認識に重要な役割を果たします。Fc断片とFab断片は、重鎖の切断部位近くのヒンジドメインで分離されています。

図6:抗体の断片化に酵素による切断が利用されています。

抗体が抗原に出会うと、非共有結合で可逆的に結合します。この結合は水素結合、疎水的相互作用や静電的相互作用、ファンデルワールス力の組み合わせが媒介すると考えられています。抗体と抗原の総合的な結合の強さは、アフィニティとアビディティという2つの重要な特性によって決まります。

 

抗体の親和性 (アフィニティ)

まずは親和性 (アフィニティ) について説明します。これは、抗原結合部位とエピトープの相互作用の強さのことで、多くの場合平衡結合定数Kaを指標にします。Kaは平衡状態にある抗体 - 抗原複合体の量で定義されます。もっと簡単に言えば、抗体が抗原にどれだけ早く結合し、どれだけ長く結合するかを示す指標となります。Kaが高くアフィニティの高い抗体は、Kaが低くアフィニティの低い抗体に比べて、短時間でより多くの抗原に結合します。

もう一歩踏み込んで考えます。アフィニティを考える別の方法として、解離定数Kdがあります。これは単純には、抗体と抗原の複合体が解離する速度です。

Ka、Kdともに、次のような多くの要因に大きく影響を受けます。

  • 反応のスケール
  • バッファー組成
  • pHと温度

プロトコールに従う場合やこれを最適化する場合には、これらの変数がそれぞれ実験結果に影響を及ぼすことを覚えておくことが重要です。

抗体の相互作用の強さ (アビディティ)

次に、相互作用の強さ (アビディティ) について説明します。これは少し複雑です。アビディティとは抗体 - 抗原複合体の総合的な強度のことです。これは、抗体の結合価と呼ばれる結合可能な部位の数だけでなく、これら個々の結合部位の親和性にも影響されます。結合価を考えるに当たって、先に説明した抗体の最も単純な単位を思い出してください。最も単純な抗体単位は2本の重鎖と2本の軽鎖からなる構造で、2つの同一の抗原結合部位をもちます。これは2価の抗体です。研究で利用される抗体のほとんどは2価の抗体です。しかし、IgAやIgMなど、天然に存在する抗体で2つ以上の抗原結合部位をもつものもあります。また、同じ標的上の2つの異なるエピトープを検出できる二重特異性 (bispecific) 抗体を開発することも可能です。IgG抗体の抗原結合部位はIgMの抗原結合部位よりも抗原への親和性が高い傾向にありますが、IgGの抗原結合部位は2つであるのに対し、IgM分子は5量体を形成することから抗原結合部位が10個あることになります。これによってIgM抗体のアビディティが向上します。 

図7:IgGは1分子当たり2つの抗原結合部位をもつのに対し、IgMは1分子当たり10個の抗原結合部位を持つため、他の免疫グロブリン分子よりアビディティが高くなります。

また、ポリクローナル抗体は1つの標的に複数の抗体が結合できるため、一般的にモノクローナル抗体よりアビディティが高くなります。さらに、免疫アッセイごとにサンプル処理の方法が異なるので、抗原の提示がこの影響を受ける可能性があります。サンプル処理の方法によって利用可能な抗原が増減したり、エピトープの構造が変化するので、アビディティに影響を与えます。

抗体を選択して使用する場合に考慮すべき性質はアフィニティとアビディティだけではありません。抗体の特異性、選択性、感度についても考慮する必要があります。

抗体の特異性、選択性、感度

再現性に関わる抗体の特異性は多くの科学者が認識していますが、抗体の選択性も重要な概念である事は見落とされることがあります。そこで、この2つの用語を定義し、区別してみましょう。まず特異性とは、抗体がそのエピトープ (抗原性を決定するタンパク質の領域) と他のエピトープを識別する能力のことを指します。一方、選択性とは、複雑な混合物の中から目的の標的に適切に結合する能力を指します。

特異性について考えるとき、特定の抗原に対してアフィニティやアビディティが高い抗体は、特異性も高いと思われるかも知れません。しかし、それは必ずしも正しくはありません、特異性は、抗体が目的のエピトープを認識して結合する能力を指しますが、抗体と抗原の相互作用の強さとは別の問題です。これを詳しく説明するため、動物に目的の抗原を免疫する、研究用抗体作製の典型的なワークフローをお話しします。免疫の結果得られる抗体プールには、特異性の類似したアフィニティの高い抗体と低い抗体の両方が含まれますが、免疫系は一般的にアフィニティの高い抗体を産生するB細胞の増幅を優先します。免疫動物からB細胞を分離し、研究用試薬に適した抗体を産生する細胞をスクリーニングする際、アフィニティの高い抗体と低い抗体の両方を確実に分離するためには、厳格な選択プロセスが必要になります。こうすることで、アフィニティが低くても特異性が高い抗体の見落しを防ぐことができます。

図8:アフィニティが低くても特異性が高い抗体は有用なツールになることがあります。

次に選択性ですが、これは上記のように抗体が複雑な混合物の中から目的の標的に適切に結合する能力です。特異性の高い抗体は既定のアプリケーションや実験条件でその抗原を検出しますが、サンプル中に存在する他の生体分子に結合する可能性は全ての抗体にあります。図9に示した仮想タンパク質Protein 1の場合ように、目的のエピトープに特異的で、かつ目的の全長標的タンパク質に選択的な抗体はごく一部です。

図9:抗体の特異性と選択性の違いを理解するには、検出されるエピトープと検出されるタンパク質にそれぞれ注目してください。 

抗体が単一のエピトープに特異的であっても、そのエピトープ配列は類縁タンパク質や、その他のタンパク質にも存在する可能性があり、これによって選択性が損なわれることがあります。このような例を、仮想タンパク質Protein 2に対する抗体で示しました。この抗体が認識するエピトープが類縁タンパク質にも存在しています。この抗体を非特異的であると考える方も多いと思われますが、厳密には「非選択的」と考える方がより正確です。選択性が低くても特異性の高い抗体は、複数のアイソフォームやタンパク質が検出される可能性を考慮して結果の解釈をするのであれば、「汎反応性 (pan-reactive)」ツールとして有用な場合があります。Protein 5の例に示したように、目的のエピトープを検出できても他のエピトープにも交差反応する抗体は、特異的でも選択的でもありません。このオフターゲット結合 (交差反応) の程度は、実験条件や標的の相対量によって変化します。つまり、選択性の低い抗体は実験の不要なバックグラウンドシグナルに大きく寄与する可能性があります。

最後に、Protein 7上の複数のエピトープを検出するポリクローナル抗体について考えてみます。ポリクローナル抗体は複数のエピトープを認識するという点で、厳密には特異的ではありません。しかし、このポリクローナル抗体では目的の抗原のみが検出されるため、選択性があると言えます。

抗体の特性と実験への影響

ここまでアフィニティ、アビディティ、特異性、選択性について説明してきましたが、これらは実際に実験を行う上でどのような意味をもつのでしょうか?これらの特性はいずれも抗体の総合的な性能や感度を決定する上で重要な役割を果たしていますが、実験結果への影響はその抗体の使用条件によって大きく異なります。

感度はより少量の抗原を検出する能力に関係しますが、これを抗体の特性と考える方もいるかも知れません。例えば、組織モデルで内因性の標的タンパク質発現レベルを評価する場合、2つの抗体のうち感度が高いものを選択するのは有効ですが、標的を過剰発現させた細胞株の場合、感度にこだわる意味は薄れます。しかし、感度は抗体よりむしろ免疫アッセイの特性であると言う方がより正確です。ここでは抗原提示や抗原の濃度、バッファー条件 (非変性と変性)、温度、時間、抗体の量などの要素が関わってきます。ある免疫アッセイで特異性の高い抗体であっても、別の免疫アッセイでは交差反応性が高く、特異性が低下することもあります。同様に、ある提供元の抗体が別の提供元の抗体よりELISAで高感度であった場合でも、免疫組織化学染色では後者の抗体の方が感度が高くなることもあります。

このような要素が全て、アフィニティ、アビディティ、特異性、選択性に影響を及ぼし、結果として特定の免疫アッセイにおける抗体の感度と性能にも影響が出ます。したがって、仮説に基づいて研究を進めていく前に、実験に用いるそれぞれの抗体が、使用するモデル系やアプリケーションで試験、検証、最適化されていることを確認することが重要です。

 

 抗体の必須知識シリーズをご覧ください:

参考文献

  1. Price R. (2017) How the Reproducibility Crisis in Academia is Affecting Scientific Research. Forbes.com

  2. Baker M. Reproducibility crisis: Blame it on the antibodiesNature. 2015;521(7552):274-276. doi:10.1038/521274a

  3. Baker M. 1,500 scientists lift the lid on reproducibilityNature. 2016;533(7604):452-454. doi:10.1038/533452a

  4. Begley CG, Ellis LM. Drug development: Raise standards for preclinical cancer researchNature. 2012;483(7,391):531-533. Published 2012 Mar 28 doi:10.1038/483531a
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