アデノシン二リン酸タンパク質またはADPリボシル化は、生物界に存在するすべての生命にみられる非常に興味深い翻訳後修飾 (PTM) です1。ADPリボシル化は、60年以上前にPierre Chambon氏によって発見され2、科学者によりDNAの損傷修復や恒常性の維持3、細胞骨格の構築4、自然免疫5、rRNAの生合成6など、様々なプロセスに関連していることが明らかになってきました。これらの主要な細胞内プロセスにおけるその役割から、ADPアデニル化は、治療介入の標的となりうると期待されており、がん治療戦略の1つとして注目されています。
先日、弊社は、ADPリボシル化修飾に対するラビットモノクローナル抗体の提供を開始しました。この抗体は、以下の組成で提供されています:
弊社は、常に新しい抗体を追加し続けています! このADPリボシル化抗体クローンが含まれる最新のCST製品カタログリストを随時ご確認ください。
弊社の画期的な技術であるPTMScan®製品と同様に、このクローンは、 周囲のアミノ酸配列に関係なくADPリボシル化PTMを認識することができます。また、生物種は問いません。したがって、このクローンは、グルタミン酸やアスパラギン酸、セリン、アルギニン、リジン、システインなどのあらゆる残基に生じるこの独特なPTMを検出できます。この汎用性の高さにより、任意の生物学的サンプルにおける、あらゆるADPリボシル化の研究が可能になります。
さらに、この抗体クローンは、 モノADPリボシル化 (MAR、あるいはMARylation) と呼ばれる単一のADPリボース (ADPr) ユニットがタンパク質に結合している状態、またはポリADPリボシル化 (PAR、またはPARylation) と呼ばれるADPリボースユニットの鎖がタンパク質に結合している状態の、両方のADPリボシル化を検出できます。
この抗体は、上記した通り、様々な抗原を認識できる能力を持ちますが、弊社はどのようにしてこの抗体クローンのADPリボシル化に対する特異性を評価したのでしょうか?本ブログ記事では、弊社が検証試験で行った実験を紹介します。これには、MARylationとPARylationの誘導と阻害が含まれおり、皆様の研究の参考にしていただける有用な方法です。
科学者で構成される弊社は、信頼できる抗体を使用することが研究を前進させるために不可欠であることを身をもって理解しています。特異性の高いADPリボシル化抗体の開発する際は、広範な科学的専門知識や、プロテオミクス部門の多くの人々の協力が必要でした。すべてのCST抗体と同様に、この抗体の特異性は、 以下の3種類の戦略を含む複数の実験を用いて確認されています:
抗体の特異性の試験に、これらの戦略のうちのどれか1つだけを用いて抗体の特異性を試験することもできますが、弊社は、上記した検証を複数併用することにより、CST抗体が期待通りに機能することを保証しています。これらの3種類の実験に関する詳細については、以下で紹介します。皆様のMARylationおよびPARylation実験にご活用ください。
まず、PARを誘導するために、サンプルを過酸化水素 (H2O2) で処理しました。過酸化水素は、MAPK8 (JNK1としても知られる) を核内に移行させて、PARの触媒酵素であるPARP1のリン酸化と活性化を促し、PARを誘導します7。
一方、Talazoparib処理は、PARを阻害します。Talazoparibは、PARPの触媒機能の阻害剤であると同時に、PARPの「トラップ」としても作用し、PARの触媒酵素であるPARP1を二本鎖DNA切断部位に拘束して、H2O2によるPARの誘導を阻止します3。
MAR/PAR誘導実験とMAR/PAR誘導の阻害実験をウェスタンブロットで解析した結果を図1に示します。
図1:未処理 (-)、およびH2O2またはTalazoparibで処理したHeLa細胞をウェスタンブロットで解析しました。
また、PARG (Poly-ADP-ribose glycohydrolase) 酵素を用いてADPリボシル化を除去する実験も行いました。PARGは、PARを縮小させてMARにし、H2O2 処理した細胞内のPARシグナルを減少させます (図2)。
図2:過酸化水素を用いてPARylationシグナルを誘導したHeLa細胞 (左) と、ヒトのリコンビナントPARGを用いてPARylationを除去したHeLa細胞 (右) を Poly/Mono-ADP Ribose (D9P7Z) Rabbit mAb #89190 (緑) とβ-Actin (8H10D10) Mouse mAb #3700 (赤)、DAPI #4083 (青) を用いて免疫蛍光染色して解析しました。
弊社は、これらの実験モデルを用いて、この新しいPTM抗体クローンをウェスタンブロット (WB) と免疫蛍光染色 (IF) で検証しました。
核内プロセスでは、PARの制御が注目されることが多々あり、さらにMARとPARは機能的に同様であると捉えている方が多いのではないでしょうか。しかし、必ずしもそうであるとは限りません。この興味深いPTMを形成するPARPファミリーの酵素名が共有されていることが、このような混乱を招いているのかもしれません。
PARP (poly-ADP-ribose polymerase) ファミリーのタンパク質は、NAD+から標的タンパク質にADPリボシルを転移させる触媒ドメインを共有しています。現在、PARまたはMARを誘導する「ライター」として機能するヒトPARP酵素は、以下の17種類が同定されています:
MARがPARと異なる例の1つとして、細胞骨格の制御が挙げられます。PARP7を介したα-TubulinのMARylationは、細胞質内の微小管の脱重合を誘導します4。
CST製品カタログに含まれる PARP抗体製品をご覧ください
図2に示すように、PARG処理を同時に行うプロトコールを採用することにより、MARとPARを区別できます。この処理により、PARは除去されますがMARは除去されないため、CSTのADPリボシル化抗体クローンと併用してWBアッセイまたはIFアッセイを行うことにより、MARとPARのそれぞれの機能をさらに詳しく研究できます。
この10年間、PARPファミリーは、がんと戦うために必要な新規標的を求めるがん研究者から注目を集めてきました。
PARの機能は、DNA修復の成功に不可欠であるため、二本鎖切断を誘発するがん治療 (プラチナ製剤を用いた治療など) とPARP阻害剤を併用することにより、このPARの機能を治療に活かすことができます。この併用療法により、DNAは修復されることなく複製フォークの状態で停止し、ゲノムの不安定性が誘導されます。
PARP阻害剤は、膵臓がんや小細胞肺がん、卵巣がん、乳がんにおける複数の臨床試験において、BRCA1の有無に関わらず有効であることが分かっています9。 2024年現在、卵巣がん、原発性腹膜がん、HER2陰性乳がんの治療薬として4種類のPARP阻害剤 (Olaparib、Rucaparib、Niraparib、Talazoparib) が米国FDAに承認されています。
CSTは、生物学における中心的なPTMの1つであり、臨床的意義も大きいADPリボシル化研究の今後の展開に期待しています。
MARylationまたはPARylationの研究に役立つ、CSTが提供するPARP抗体製品をご覧ください。
PARP Antibody #9542(WB検証済み)
PARP (46D11) Rabbit mAb (BSA and Azide Free) #17245 (WB検証済み)
PARP (46D11) Rabbit mAb (Sepharose® Bead Conjugate) #6704 (IP検証済み)
CSTモチーフ解析技術の詳細については、以下のブログをご覧ください:プロテオミクス解析における革命:20年後のPTMScan
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本ブログ記事の作成には、CSTのプロテオミクス部門のプリンシパルサイエンティストであるBarry M. Zee博士とJeff Silva博士、サイエンティフィックコンテントマーケティングライターのAlexandra Foleyにご協力いただきました。