誰もが正確な結果を得たいと思います。このため、実験を計画して必要な試薬を全て用意し、適切なコントロールを再確認したとします。後は目前の標的を詳細に解析するだけであると、気が急いてしまうかも知れませんが、抗体の特異性は検討しましたか?これは見過ごしがちなステップです。試薬の提供元から検証に関する情報が提供されているかも知れませんが、抗体の特異性を確信できますか?
多くの場合、ノックアウト (KO) による検証が実施されています。これはタンパク質の発現や抗体の感度を明らかにする強力なツールです。どの細胞株が標的を発現しているのか、確実に分かっていれば、ノックアウトを利用することができます。残念ながら、ノックアウト実験系はいつでも利用できる訳ではありません。例えば、細胞株の生存自体に必須なタンパク質も多く、これをノックアウトすることで致死となる場合もあります。また、ノックアウト試薬を効率的にトランスフェクションできない細胞株もあります。標的が「トランスフェクションが困難な」細胞株のみで発現している場合は、抗体の検証にノックアウトツールを利用することができません。検証にノックアウト実験系を利用できない場合、このほかに抗体の製造元が検証に利用できる、あるいは利用すべき様々な戦略があります。
製造元が抗体の特異性を実証するための戦略は沢山あり、完全な検証を行うためには検証戦略の組み合わせが必要なのが実情です。
CSTは、バイナリーモデル、レンジ発現、直交的データ、複数の抗体、組換え、相補的アッセイといった検証戦略を慎重に組み合わせて調整し、CST抗体の性能を保証しています。すなわち、標的の生物学的な機能に応じて検証プロセスを調整し、下流のアッセイに必要な感度、適切な試験モデルが利用可能であるかどうか、標的を解析するそれぞれの方法の関連性を考慮しながら検証を行っています。
バイナリーモデル
バイナリーアプローチは、抗体の特異性を評価する最良の方法の1つです。生物学的に関連するポジティブ発現系とネガティブ発現系で抗体を試験することにより、サンプルに存在するほかの生体分子と交差反応することなく、ネイティブな環境で標的抗原の認識を確認できます。バイナリーモデルには、標的タンパク質の発現がポジティブ (高い) あるいはネガティブ (低い) ことが知られているまたは予測される細胞や組織の内因性標的を利用するもの、遺伝的ノックアウトを利用するもの、標的タンパク質の発現や修飾を誘導あるいは阻害する処理を利用するものがあります。
バイナリー試験を効果的に行うためには、遺伝子シーケンシングによるノックアウトの確認やプロテオミクスプロファイリングによる発現レベルの確認など、直交的な手法を用いてデータを常に確認する必要があります。抗体の性能に最大限の信頼を持たせるため、その他の検証戦略も採用する必要があります。また、抗体のバイナリー検証に使用するモデルはそれぞれ、抗体の使用を予定しているアプリケーションごとに試験する必要があります。ある抗体がウェスタンブロットで特異的であるからと言って、同じ抗体が免疫組織化学染色 (IHC) でも同様に特異的であるとは限りません。例えば、ウェスタンブロットの場合はタンパク質やエピトープは変性していますが、IHCの場合は変性が起こらない代わりに抗体が結合するエピトープのマスキングが起こる可能性があります。
レンジ発現
バイナリーモデルは常に容易に利用できる訳ではなく、抗体の検証のみを目的とする場合には時間や費用がかかり過ぎることもあります。さらに、使用する予定のアプリケーションやプロトコールにおける抗体の感度を評価するには、相補的な保証が必要となります。
この目的に理想的なのは、目的の標的を高度、中程度、低度に発現する内因性モデルと異種モデルの両方を含むレンジ戦略です。抗体の最適な使用条件を明らかにするためにレンジアプローチは重要ですが、抗体検証プロセス全体におけるレンジアプローチの重要性は見逃されがちです。レンジ戦略とバイナリー戦略の最も重要な (しかも微妙な) 違いは、レンジモデルが白黒はっきりしない標的の発現や修飾の差に依存しているという点です。一般にレンジモデルは、ある細胞株や関連する組織において標的の発現が高いか低いか、あるいは標的の発現がアゴニストやアンタゴニスト処理によってわずかに変化するといったような、実際の生物学をより反映するものです。つまり、レンジ試験の結果は有意ですが、バイナリー評価で得られるデータほど明確ではなく、解釈が難しくなります。
直交的データ
抗体検証のための直交的戦略では、抗体ベースの結果を抗体ベースではない方法を用いて得られたデータに相互参照します。この方法は、既存の抗体検証データを確認し、その抗体に直接関連する効果やアーティファクトを特定するのに非常に重要です。直交戦略の最も単純な形は、抗体を使用しない検出法でほかの戦略で得られた結果の裏付けをとることです。一例として、バイナリー戦略やレンジ戦略で得られた標的のポジティブあるいはネガティブな発現は、ノックアウトを確認する遺伝子シークエンシングや発現を確認するmRNAのトランスクリプトーム解析など、直交的アプローチによって常に確認する必要があります。
複数の抗体
複数抗体戦略は、強力な抗体検証方法です。この最も一般的な方法は、標的を1つの抗体で免疫沈降 (IP) した後、同じ標的を別の抗体を用いたウェスタンブロッティングで検出することです。これによって、両方の抗体が標的タンパク質に正しく結合していることへの信頼性が高くなります。
このほかに複数の抗体による検証としてよく利用されるものに、同一標的上の重複しないエピトープを認識する抗体を2つ以上用い、直接比較できる免疫染色データを得る方法があります。これは通常、ウェスタンブロッティングや免疫細胞化学染色、免疫組織化学染色などの技術で行います。同一のサンプルを複数の抗体で並行して調査することにより、比較的迅速に抗体の特異性を視覚的に確認することができます。
組換え
タンパク質の発現が非常に低い標的抗原や発現が未知の標的抗原の抗体検証には、組換えタンパク質や、代理細胞株における不均一発現が必要な場合があります。In vivoの状態をより正確に示す内因性の実験系が好まれていますが、組換え戦略にもいくつかの利点があります。
まず、タンパク質のアイソフォームや、保存性の高いファミリーメンバーと抗体の交差反応を検証するために組換え戦略を利用することができ、抗原の相同性に基づく抗体のオフターゲット結合の可能性に関して有用な情報を得ることができます。また、組換え戦略を用い、発現量の調整や組換えタンパク質の希釈による標的タンパク質のタイトレーションによって、抗体の感度試験を行うこともできます。
相補的アッセイ
研究対象の標的抗原や使用するアプリケーションによっては、抗体検証で相補的戦略を用いるのが望ましい場合もあります。このアプローチによって抗体の特異性や機能性に関する重要な情報を得ることができ、標的の生物学的な性質だけでなく下流のアッセイの厳密な必要条件に合わせて注意深く調整することができます。
相補的戦略には、翻訳後修飾 (PTM) に対する抗体の特異性を確認するためのペプチドアレイやELISA、特定の抗原への抗体の結合を防ぐ様々なペプチドブロッキング法などがあります。プロトコールの最適化や、抗体をアゴニストとして用いる中和やタンパク質の活性化などの機能アッセイも相補的戦略に含まれます。これら全ての方法によって、ほかの検証戦略の結果をさらに裏付けるデータが得られます。
試薬の評価
どの検証方法が優れているということはなく、ここで取り上げたいずれの方法も、単独で用いて結論を出すのは危険です。抗体ベースのアプリケーションには、それぞれ独自の条件セットがあり、抗体の特異性や感度、機能性に関する様々な課題が提示されます。一例として、ウェスタンブロットで極めて高い特異性を示す抗体でも、免疫組織化学染色では非特異的であったり、機能アッセイでは使用できない場合があります。したがって、目的のモデル系でアプリケーションに合致する戦略やプロトコールを用いて、1つ1つの抗体を検証することが非常に重要になります。CSTはこれらすべてのアプローチを組み合わせ、1つ1つの抗体の検証を行っています。使用する抗体がこのレベルの検証を受けたかどうかがはっきりしない場合は、ご自身で検証を実施することを考慮する必要があります。
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