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 がん研究におけるYAP/TAZ-TEADシグナル伝達の標的化の進歩

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YAPとそのパラログであるTAZ (WWTR1) は、しばしばまとめてYAP/TAZと呼ばれますが、組織の発達と器官の大きさを調節する重要な役割を担う、転写のコアクチベーターです。YAPとTAZは、主に互いに独立して、また異なる発現パターンにより1、しばしばHippoシグナル伝達経路と呼ばれる経路において、主要なシグナル伝達分子として機能します。このキナーゼ経路は、進化の過程において高度に保存されており、機械的ストレスや代謝のシグナル伝達、細胞間接触などの様々な細胞への信号入力に応答し、ERK/MAPKWnt/β-cateninNotchTGF-βなどの多くの古典的な受容体を介するシグナル伝達経路との重要なクロストークを行います。

関連リソース: Hippoシグナル伝達のインタラクティブパスウェイ図

Hippoキナーゼ経路の抑制 (オフの状態) は、リン酸化状態に依存したTAPとTAZタンパク質の活性化を誘導します。活性化したYAPまたはTAZタンパク質は核に移行し、転写因子のTEAD (Transcriptional Enhanced Associate Domain) と相互作用して細胞の増殖とアポトーシスを調節する遺伝子の発現を制御します。様々ながんタイプにおいて、YAP/TAZ-TEAD の異常な活性化がみられます;近年では、多くの従来の低分子治療薬による治療後の、がんが抵抗性を獲得するメカニズムとして特定されました。また、YAP/TAZ-TEAD シグナル伝達の異常な活性化は、最終的には発がんを促進する遺伝子発現パターンの変化という形で顕在化します。Hippo Signaling Pathway_resized

Hippoシグナル伝達進化的に保存された経路であり、細胞増殖やアポトーシス、幹細胞の自己複製能を調節することにより器官の大きさを制御しています。Hippo経路の調節不全は、がんの発達に寄与します。

YAPやTAZ、TEADタンパク質の構造解析により、当初はこのシグナル伝達経路経路において、従来の低分子治療は不可能であると考えられていました。しかし現在では、多くのグループによって、従来の低分子治療とは異なる戦略を用いて積極的に研究されています。

YAP/TAZ-TEADを標的とする治療法の躍進 

先日、American Association for Cancer Research(AACR2023) の年次大会 に出席し、様々なグループによるYAP/TAZ-TEADシグナル伝達を標的とした大変興味深い大発見を目の当たりにしました。これらのアプローチのほとんどは、基本的にはYAP/TAZとTEADタンパク質 (TEAD1-4) の間のタンパク質-タンパク質相互作用を阻害することにより、腫瘍の形成を促進する転写生産を阻害するように設計された低分子用いていました。

参考:AACR 2023の要約:免疫療法、CAR-T細胞療法研究が主役

AACR 2023で報告された多くの知見は、すべてのTEADタンパク質に存在する特定のシステイン部位を標的としたものであり、TEADタンパク質とYAPまたはTAZとの物理的な相互作用を促進するためには、そのパルミトイル化が必要です。Timothy Yap博士 (テキサス大学MDアンダーソンがんセンター) は、Vivace Therapeutics社が開発したVT3989の、大変有望な第1相臨床試験データ を発表しました。VT3989は、TEADのパルミトイル化を遮断するために設計された多くの低分子のうちの1つであり、転写調節に必要なYAP-TEAD間の相互作用を阻害します。この治験では、VT3989はYAP/TAZ-TEADが促進する悪性中皮腫患者において良好な忍容性を示し、有望かつ持続的な奏効を示しました。これらは、YAP/TAZ-TEADの相互作用に必要な翻訳後修飾を標的とした低分子を用いた、YAP/TAZ-TEADシグナル伝達を標的とする、初の臨床POC試験 (薬物の有効性を実証する試験) の結果として報告されました。

また、Betta Pharmaceuticals社のShen氏らなど、非常に多くのグループが同様のアプローチを用いた前臨床試験のデータを報告しました。同グループは 、同グループは、TEADのパルミトイル化を共有結合で不可逆的に阻害するBPI-460372のデータを発表し、BPI-460372がCTGFやCYR61などの主要なYAP/TAZ-TEAD標的遺伝子に加えて、人工的に作られたTEADレポーター遺伝子の発現を効果的に抑制することを報告しました。同様に、SpringWorks Therapeutics社のChen氏らも、YAP/TAZ-TEADシグナル伝達の異常を引き起こす変異を持つ複数の細胞株において、TEADに依存した転写を抑制する効果があることを証明した、pan-TEAD阻害剤SW-682を発表しました。 

他の2つのグループは、同様のアプローチを用いて、パラログへの特異性がより高い次世代TEAD阻害剤を用いたデータを報告しました。Sporos BioDiscovery社のFlorian Muller氏は、複数のがん細胞株およびin vivo (異種移植片) 腫瘍モデルにおけるSPR1の有望なデータおよび、前臨床動物モデルにおいても良好な安全性プロファイルを実証したことを報告しました。同様に、Ikena Oncology社は、TEADに特異的なテーラーメイド分子であるIK-930の有望な前臨床データに関する2件のポスターを発表しました。IK-930は、汎TEAD阻害剤と比較して抗腫瘍活性が向上していることに加え、EGFRまたはMEK阻害剤による治療後に生じることが報告されている、TEAD依存性の腫瘍の抵抗性獲得の機構を標的とできる可能性を示しました。

BridGene Biosciences社のWolf Wiedemeyer氏が発表した前臨床データでは、そのTEADのパルミトイル化阻害剤であるBGI-9004が、標的治療薬としてだけでなく、併用療法としての適性を示唆する特性を有していることが示されました。例を挙げると、BGI-9004はKRAS阻害剤の効果を用量依存的に増強することが示されており、このYAP/TAZ-TEAD阻害剤は、複数の腫瘍タイプにおける併用療法に対して有望であると考えられます。 

私は、YAP/TAZシグナル伝達に詳しいCSTの科学者として、特にNovartis Institutes for Biomedical Research (NIBR) のTobias Schmelzle氏らによる、YAP/TAZ-TEADタンパク質間の相互作用を標的とする分子IAG933の有効性を示すポスター発表に特に惹かれました。IAG933は、YAP/TAZと4つのTEADパラログの結合を特異的に阻害することができ、同時に良好な薬物動態を示すことから、臨床への応用が可能であることが示されました。IAG933の有効性を示す説得力のあるデータは、現在はバーゼルのNIBRで主任科学者を務めるGiorgio Galli博士と共同で開発したCST®モノクローナル抗体を用いた洗練されたバイオアッセイから得られました。例えば、著者らはYAP (D8H1X) XP® Rabbit mAb #14074を用い、IAG933の投与により核内のYAPタンパク質が減少、より具体的にはクロマチン結合部位からYAPタンパク質を物理的に除去し、それに伴いYAP/TAZ-TEAD標的遺伝子発現が低下することを示しました。IAG933は、複数のがん細胞株における有効性をもち、異種移植モデルにおいて持続的な抗腫瘍効果を示すとともに、有望な安全性プロファイルに適合していることが示されました。

がん領域における YAP/TAZ-TEAD シグナル伝達を標的とする治療については、当初は有望視されていませんでしたが、AACR 2023 では、従来の低分子戦略とは異なる革新的なアプローチが、この領域における真の有望性を示していることが明らかになりました。このことは特に、すでに承認された治療法における治療抵抗性の発現において、この経路の重要性がますます認識されていることからも、多くの人々に歓迎されるニュースになります。また、CSTが開発した免疫アッセイ試薬が、この研究分野の進歩に貢献していることを確認でき、大変誇らしく感じました。

YAP/TAZ-TEADシグナル伝達研究の標的に対する抗体

CSTは、YAP/TAZ-TEADシグナル伝達経路研究の標的に対する、高度に検証された抗体を多数提供しています。CSTの抗体はすべて、弊社の科学者が抗体の標的に対する特異性を検証するために用いる6つの相補的戦略、抗体検証における戦略に従って検証されており、これにより再現性のある免疫アッセイデータ生成の可能性を最大限に高めます。YAP発現とTAZ発現の比較

パラフィン包埋したヒト非小細胞肺がん細胞 (左) 、結腸直腸がんの症例1 (中央)、症例2 (右) の組織をYAP (D8H1X) XP® Rabbit mAb #14074 (上) またはTAZ (E9J5A) XP® Rabbit mAb #72804 (下) を用いて免疫組織化学染色して解析しました。

免疫組織化学染色 (IHC) における、YAPおよびTAZモノクローナル抗体の検証については、CSTの科学者が発表した論文「YAP vs. TAZ: differences in expression revealed through rigorous validation of target-specific monoclonal antibodies」にて詳述しており、この論文はJournal of Histotechnologyの「2020 Outstanding Publication Award」を受賞しています。

Hippo Signaling Antibody Sampler Kit

CSTのYAP/TAZ/TEAD抗体

下表のYAP/TAZ/TEAD/Hippo経路に関連するモノクローナル抗体は、様々な標識も可能です。製品カタログに、お求めの標識がない場合はCSTのカスタム標識サービスをご利用ください。詳細はカスタム抗体標識サービスをご覧ください。

アプリケーション/用途

抗体

WB, IP, IHC, IF, Flow, ChIP, CUT&RUN YAP (D8H1X) XP® Rabbit mAb #14074
各種 YAP/TAZ Transcriptional Targets Antibody Sampler Kit #56674
WB, IP, IHC YAP/TAZ (E9M8G) Rabbit mAb #93622
WB, IP YAP/TAZ (D24E4) Rabbit mAb #8418
WB, IP, IHC YAP (1A12) Mouse mAb #12395
WB, IP Phospho-YAP (Ser61) Antibody #75784
WB, IP Phospho-YAP (Ser109) (E5I9G) Rabbit mAb #53749
WB, IHC Phospho-YAP (Ser127) (D9W2I) Rabbit mAb #13008
WB, IP Phospho-YAP (Ser397) (D1E7Y) Rabbit mAb #13619
WB Non-phospho (Active) YAP (Ser127) (E6U8Z) Rabbit mAb #29495
WB, IP, IHC, ChIP TAZ (E9J5A) XP® Rabbit mAb #72804
WB, IP, IF, ChIP TAZ (E8E9G) Rabbit mAb #83669
WB, IP, ChIP TAZ (D3I6D) Rabbit mAb #70148
WB, IP TAZ (E5P2N) Mouse mAb #71192
WB, IP Pan-TEAD (D3F7L) Rabbit mAb #13295
WB, IP, IHC, IF TEAD1 (D9X2L) Rabbit mAb #12292
WB, IF, F CYR61 (D4H5D) XP® Rabbit mAb #14479
WB, IHC CYR61 (E5W3H) Rabbit mAb #39382
WB, IF CTGF (D8Z8U) Rabbit mAb #86641
WB CTGF (E2W5M) Rabbit mAb #10095
YAP/TEAD阻害剤 Verteporfin #64260

 

参考文献

23-CAN-36801

Antony Wood, PhD
Antony Wood, PhD
Antony (Tony) Wood博士は、CST製品デザイン・戦略部シニアダイレクターです。カナダから移住してきた彼の趣味は、サイクリング、冒険旅行などで、唐辛子の入った食べ物が大好物です。

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