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RBP-eCLIPを用いたRNA-タンパク質相互作用のマッピング:RNA生物学における発見を促進

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ご寄稿いただいたVince Harjono博士は、Eclipsebio社のアプリケーションサイエンティストマネージャーです。CSTとEclipsebio社は、パートナーシップを締結し、お客様のRNA生物学研究に役立つ厳密に検証された抗体を提供しています。

RNA結合タンパク質 (RBP) は、遺伝子制御における中心的な役割を担っており、RNAの転写から分解までの一連の流れを形作っています。ハイスループットシーケンシングやトランスクリプトームワイド解析によりRNA生物学研究が発展するにつれ、RBP-RNA相互作用を精密にマッピングできるツールが不可欠になってきています。近年、ある1つの技術が、これらの相互作用の探索方法を変えました。それが、eCLIP (Enhanced Crosslinking and Immunoprecipitation) またはRBP-eCLIPです。

RBP-eCLIPは、開発されて以来、転写後の遺伝子制御の研究における基盤となっています。この技術を用いることにより、研究者は、生物学の基本的なメカニズムや疾患プロセス、治療標的をかつてないほどの解像度で調査できます。 

本ブログ記事では、RBP-eCLIPの科学的な影響や最新の応用例、そしてこの手法の成功に抗体の品質が不可欠な理由を解説します。また、CSTの検証済みeCLIP抗体のカタログ製品もあわせてご覧ください:

ますます拡大するRNA結合タンパク質生物学と様々な分野との関連性

RBPは、スプライシングや輸送、安定化、局在、翻訳などの、ほぼすべてのRNA代謝を制御しています。これらのタンパク質群は疾患にも深く関与しており、例えばTDP-43FUSUPF1などのRBPの機能不全は、ALSや脆弱X症候群から様々ながんや免疫疾患までの幅広い疾患に関与しています。 

FUS/TLS Antibodyを用いたeCLIP解析

K-562細胞のRNAとリコンビナントモノクローナル抗体FUS/TLS (E3O8I) Rabbit mAb #67840を用い、Eclipsebio社が提供するのRBP-eCLIP法のプロトコールをベースにeCLIP (Enhanced cross-linking and immunopresipitation) を行いました。図は、FUS転写産物全体にわたる結合を示しています。本データは、Gene Yeo博士のご厚意により提供いただき、許可を得て掲載しています。

1,500種類を超えるヒトタンパク質がRNAと結合すると予測されていますが、その機能が解明さているものはほんの一部であり、RNA調節と翻訳制御は依然として不明な点が多い領域となっています。RBP-eCLIPなどの技術は、この問題を解決する上で不可欠であり、研究者がトランスクリプトーム全体におけるRBPの結合部位を正確に特定し、RNA-タンパク質ネットワークの根底にある制御ロジックを解明することを可能にしています。

RBP-eCLIPの影響

UCSDのGene Yeo教授の研究室で初めて開発され、Eclipsebioにより幅広く使用できるように改良されたRBP-eCLIPは、大規模かつ再現性のあるデータセットの作成を可能にして研究コミュニティの発展を支えています。また、RBP-eCLIPで取得したデータセットがENCODEプロジェクトに統合されたことにより、これらの標準化および一般公開が進み、研究者は、RBPの結合に関する強固な参照データを利用できるようになりました。 

RNA Lifecycle Pathway Diagram_RNA binding Proteins_thumbnail_7

RNAライフサイクルの概略図をご覧になり、RNA結合タンパク質の役割と関連するCST抗体を探索してください。

RBP-eCLIPは、単なる1つの実験手法ではなく、仮説に基づく科学的発見を促す基盤となっています。例えば、神経科学やがん生物学、RNA療法の開発において、この技術を最大限活用する方法が試験されています: 

  • 神経科学分野では、RBP-eCLIPにより、局所的なRNA制御が神経細胞の特性と可塑性にどのように寄与するかが明らかになりました。 
  • がん研究分野では、RBP-eCLIPにより、がん細胞がどのようにしてRNA調節を乗っ取り、増殖や免疫の回避、薬剤への抵抗性の獲得を亢進させるかが分かりました。 
  • 発生生物学分野では、RBP-eCLIPは、細胞運命の転換時における厳密にプログラムされたRBPの役割の解明に用いられています。 

RNAや関連するタンパク質の修飾は、DNA配列を変化させることなく遺伝子発現を調節することができるため、RBPとその影響の研究は、エピジェネティクス分野にもまたがります。

RNA生物学研究に大きな影響を与えるアプリケーション

近年、RBP-eCLIPや関連する手法を用いた数多くの研究が行われており、様々な分野での知見の取得が進んでいます。いくつかの例を紹介します: 

文献のアイコン

 

選択的スプライシングの制御の解読 

RBP-eCLIPを用いた100種類を超えるRBPの、最新の大規模な解析データNature Biotechnology誌にて公開されました1これらのデータから、どのようにして個々のRBPが連携してエクソンの取り込みまたは排除を制御しているかが分かります。この研究では、RBP-RNAの直接的な結合をマッピングし、それらをスプライシングに関するENCODEデータセットとリンクさせて、既知および新規のスプライシング制御因子を明らかにしました。 

シグナルのアイコン

 

モチーフの発見と機能的な意義の解明 

Schwarzl氏らは、RBP-eCLIPのデータセットの解析に特化したバイオインフォマティクス用解析パッケージDEWSeqを開発し2結合ピークにおける配列モチーフの検出能力を大幅に向上させました。著者らがこのソフトウェアを用いて100種類を超えるRBPの解析を行った結果、サイズを一致させたインプットコントロールと複数回の繰り返し実験戦略を解析に取り入れることにより、生物学的関連性の解明とモチーフの濃縮率が劇的に改善できることが分かりました。 

神経変性アイコン

 

神経細胞におけるRBPネットワークのマッピング 

Han氏らがMolecular Cell誌で発表した論文では3iCLIPを用いて解析した、マウス脳の神経発生段階におけるスプライシング制御因子の動態が詳述されています。著者らは、神経発生時におけるRBP発現の一連の変化が、いかにエクソンの取捨選択と関連しているかを実証しました。これらの発見は、スプライシングの制御不全がどのようにして神経疾患を引き起こすのかについての基礎的な理解につながります。 

製薬業界のアイコン

 

治療法の開発とRNA医薬 

RBP-eCLIPは、創薬研究ではアンチセンスオリゴヌクレオチド (ASO) やsiRNAのオンターゲットおよびオフターゲット効果の評価に使用できます。TIAL1やELAVL1などの主要なRBPの結合マップを、薬物処置後のトランスクリプトームと重ね合わせることにより、研究者はRNA-タンパク質相互作用ネットワークにおける意図しない変化を特定できます。この変化の検出は、RNAを標的とする医薬品開発において非常に重要です。 

 

RBP-eCLIPをより身近なものに:検証済み抗体と標準試薬

RBP-eCLIP導入の障壁となる要因の1つは、「RBP-eCLIPプロトコールに用いる抗体の性能のばらつき」でした。標準的な免疫沈降とは異なり、RBP-eCLIPには洗浄とクロスリンクの厳しい条件下でも高い親和性を示す確かな抗体が必要です。この抗体問題により、これまでは確実にプロファイリングできるRBPが限られていました。

この問題を解決するために、EclipsebioはRBP-eCLIPに特化した抗体の検証を実施するためにCSTとパートナーシップを締結しました。CSTは、抗体検証プロセスにおいてタンパク質のプルダウンの可否 (ウェスタンブロット) とRNAの収量 (ビオチンブロット) を評価しており、確実に高い性能を示す抗体だけをRBP-eCLIP用として推奨しています。

QKI組み換えモノクローナル抗体を用いたeCLIP解析K-562細胞のRNAとリコンビナントモノクローナル抗体QKI (E7O4A) Rabbit mAb #23065を用いて、Eclipsebio社が提供するRBP-eCLIP法のプロトコールをベースにeCLIP (Enhanced cross-linking and immunoprecipitation) を行いました。図は、QKI転写産物全体にわたる結合を示しています。データは、Gene Yeo博士の研究室より提供いただき、許可を得て掲載しています。

QKIやFUS、TIARなどを標的とする研究にeCLIP検証済みCST抗体を用いる研究者は、明確な濃縮ピークや繰り返し実験で再現性を示すデータセットや、公開されているENCODEデータとの高い整合性が得られています。これらの厳密に試験されたツールは、実験におけるばらつきを劇的に抑えて発見を促進します。

EclipsebioとCSTのRNA結合タンパク質研究用抗体検証ポスターのサムネイルイメージ

CSTとEclipsebio社の研究ポスター「Accelerating eCLIP Studies: Importance of Antibody Validation and Pre-Validated Antibodies for RNA Binding Proteins」をダウンロードし、抗体の検証データをご覧ください。

 

 

神経と疾患の生物学における先駆者先駆者への道

RBP-eCLIPは、神経系などにおける、転写後の制御が中心的な役割を担う複雑で細胞タイプごとに異なるシステムの解析に非常に適しています。神経細胞では、樹状突起や軸索などの局所で翻訳が行われるため、RBPの空間的および時間的な結合パターンの解析が極めて重要です。RBP-eCLIPは、以下の探索研究に用いられています: 

  • RBP-RNA複合体の細胞内での局在 (ミエリン形成におけるQKIの役割など) 
    神経分化の過程にみられる標的RNA群の変更といった、発生段階におけるRBPの動態
  • 神経変性におけるTDP-43またはFUSの直接的なRNA標的の特定と、それらの局在異常が遺伝子発現の変化を誘導するメカニズム
  • 同様に、がん研究においても、PTBP1hnRNPA1などのRBPがどのようにしてガンを促進する転写産物を安定させたり免疫制御因子を抑制したりするようにリプログラミングされるかの解析に、RBP-eCLIPが用いられています。これにより、悪性腫瘍においてRNA制御がどのように乗っ取られるかについての知見が得られます。 

今後の展望:RBPアトラスは現在も拡大中

RBP-eCLIPは、基礎的なメカニズムの解明から応用研究に至るまで、RNA生物学にとって不可欠な技術です。しかし、まだこの分野には、未解明な点が数多く残されています。推計によると、検証済み抗体の不足や必要なデータセットの欠如のため、ヒト全RBPの半数以上に対するRBP-eCLIPを用いたプロファイリングが行われていません。しかし、新たなツールの継続的な開発と協力体制のもとに行う検証の拡大により、その解析は着々と進んでいます。

RNA結合タンパク質は、転写後制御の中心を担っています。これらを解析できる、解像度や再現性、拡張性が高いツールを提供することにより、研究者はRNA制御をより意欲的かつ正確に調べることができます。RBP-eCLIPは、RNA結合タンパク質の標的を体系的かつ厳密に探索することを可能にし、発生や疾患における遺伝子制御の理解を大きく変えています。

CSTが提供する検証済みRBP-eCLIP試薬でRNA生物学研究を今すぐ開始できます:

 

 

関連ブログ:RNA生物学に関連するその他のブログもご覧ください

参考文献
  1. Schwarzl T, Sahadevan S, Lang B, et al. Improved discovery of RNA-binding protein binding sites in eCLIP data using DEWSeq. Nucleic Acids Res. 2023;51(1):e1. doi:10.1093/nar/gkad998 
  2. Schmok JC, Jain M, Street LA, et al. Large-scale evaluation of the ability of RNA-binding proteins to activate exon inclusion. Nat Biotechnol. 2024;42:1429–1441. doi:10.1038/s41587-023-02014-0
  3. Han H, Best AJ, Braunschweig U, et al. Systematic exploration of dynamic splicing networks reveals conserved multistage regulators of neurogenesis.
    25-HMC-78028
Dr. Vince Harjono (Eclipsebio社)
Dr. Vince Harjono, Eclipsebio
Vince Harjono博士は、Eclipsebioのアプリケーションサイエンティストマネージャーです。Vince博士は、カリフォルニア大学サンディエゴ校で細胞ストレス条件下での翻訳の転写後調節を研究し、博士号を取得しています。2022年に入社したHarjono博士は、現在Eclipsebioのラボサービス部を率い、EclipsebioのパートナーがRNA生物学の重要な側面を発見することを支援しています。RNA-タンパク質相互作用、RNAの構造、miRNAの調節などの研究に携わり、高品質の実験洞察を通じてRNA研究およびRNAに基づく治療法の開発を前進させています。

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