免疫蛍光染色 (IF) を実施する場合、複数の抗体や色素を用いてマルチプレックス (多重染色) を行い、目的のタンパク質とほかのマーカーの関連情報を得るのが一般的です。IFのテクニカルサポートチームに寄せられるお問い合わせで最も多いものに、推奨される細胞内マーカーを教えて欲しい、というものがあります。
細胞内マーカーは、細胞内のオルガネラに特異的な成分に高い親和性をもつ試薬で、様々なオルガネラの物理的、空間的な特性を視覚的に明らかにして、研究に役立てることができます。オルガネラの特異的な機能の研究、オルガネラの健康状態を指標にした薬剤効果の評価、ノックアウト細胞における全体的な変化の評価など、様々な理由で免疫蛍光染色実験で細胞内マーカーも検討することになります。目的のタンパク質に特異的な試薬と、細胞内局在を評価するための試薬を組み合わせて使用する実験を行うこともあるでしょう。しかし、全ての試薬が普遍的に適用できる訳ではありません。モデル生物種や染色プロトコールによって、試薬の性能が異なる場合があります。皆様の実験ニーズに合った細胞内マーカーの選定をサポートするため、本ガイドを作成しました。
実験デザイン
本実験では、細胞骨格、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、核膜の5つの主要な細胞内局在にフォーカスしました。
非常に特異性の高いマーカーがあるもの (初期エンドソーム:Rab5、中心小体:PCM1など) や、より迅速な局在標識法があるもの (DAPI #4083やPropidium Iodide #4087による核染色など) は、今回は省略しました。
ProLong® Gold Antifade Reagent with DAPI #8961、Neurogranin #79519、S6 #5548で染色したマウス網膜
本解析では遍在するマーカーのみを検討しました。また、今回の実験で用いた試薬は、ヒト、マウス、ラット検体を用い、免疫蛍光染色でCell Signaling Technology®が採用している3つの主要なワークフロー (ホルムアルデヒドによる固定とTriton X-100による透過化、ホルムアルデヒドによる固定とメタノールによる透過化、メタノールによる固定) で検討しました。
局在性の検討で抗体を比較し、所定のプロトコールや生物種で最適なマーカーを特定するため、特異性とシグナル強度の2点を評価基準としました。生物種やプロトコール間で性能を比較するため、局在を最も高性能に示したものを基準に標準化し、0 - 100の尺度で評価しました。こうすることで、複数の項目をレーダーチャートで比較することができます (例として、下図に飲料の比較を示しました)。
特定の生物種やプロトコールで非特異的なパターン (ミトコンドリアマーカーで核小体が標識されるなど) がみられる製品を推奨することを避けるため、非特異的なパターンが観察された場合はその製品の評価を0としました。
本試験では96ウェルプレートの1ウェルを用いた試験を3試験ずつ実施し、各抗体を推奨希釈率で希釈した抗体希釈液を100 µL使用しました。一次抗体は4°Cで一晩インキュベートしました。宿主生物種に応じたAlexa Fluor® 488標識二次抗体 (Anti-rabbit IgG (H+L), F(ab')2 Fragment (Alexa Fluor® 488 Conjugate) #4412またはAnti-mouse IgG (H+L), F(ab')2 Fragment (Alexa Fluor® 488 Conjugate) #4408) を1:500希釈で使用して、一次抗体を標識しました。二次抗体は暗所で、室温で1時間インキュベートしました。96ウェルプレートの解析には、MFIデータを取るためにレーザースキャンイメージサイトメーター、DAPIやAlexa 488の200倍画像を撮影するために自動撮影装置などのハイコンテント解析を利用しました。
結果
製品の性能を細胞内局在ごとにレーダーチャートで比較することで、各カテゴリーごとに最も効率よく細胞内局在を示すものを特定することができました。ここでは各細胞内局在を最も効率よく示したものの詳細を紹介し、全てのレーダーチャートを最後に掲載しました。
細胞骨格マーカー
細胞骨格マーカーを使用する場合は、Phalloidin (繊維状アクチンに強固に結合するファロトキシン) 標識製品を用いることで、最も柔軟に実験を進めることができます。これは抗体に依らない標識法であるため、ほかのマーカーの宿主生物種を自由に選択することができます。ただし、Phalloidinにはメタノールによる透過化や固定には適さないという欠点があります。
実験でメタノールを用いる必要がある場合には、α-Tubulin (DM1A) Mouse mAb #3873で安定したシグナルが得られます。
TubulinはActin (微小繊維) とは異なる細胞骨格成分 (微小管) を標識することにご注意ください。3番目の細胞骨格成分である中間径フィラメントは、細胞のタイプによって異なるタンパク質を含むので、今回の実験からは除外しました。
ゴルジ体マーカー
ゴルジ体マーカーは、ホルムアルデヒドで固定してTriton™ X-100で透過化するプロトコールで良好な結果が得られる傾向があります。しかし、ヒト検体を扱う場合には、GM130 (D6B1) XP® Rabbit mAb #12480を用いることでプロトコールを柔軟に選択することができます。
ホルムアルデヒドで固定した場合には、RCAS1 (D2B6N) XP® Rabbit mAb #12290が複数の生物種で機能します。
小胞体 (ER) マーカー
通常、ER特異的なタンパク質を扱う場合は、ホルムアルデヒドで固定して、Triton™ X-100かメタノールで透過化するプロトコールを推奨します。しかし、今回の実験ではPDI (C81H6) Rabbit mAb #3501を用いることで試験した全てのプロトコール、生物種で良好な結果が得られました。
Calreticulin (D3E6) XP® Rabbit mAb #12238はホルムアルデヒド固定のみの場合には適さず、固定後にメタノールで透過化するか、メタノールで固定する必要があります。
ミトコンドリアマーカー
ミトコンドリアのマーカとして使用できるものは多くありますが、AIF (D39D2) XP® Rabbit mAb #5318が多くの生物種やプロトコールに適合するため、Cell Signaling Technology®の社内試験では優先的に使用されています。シグナルの点ではAIF Antibody #4642の方が#5318よりわずかに優れますが、社内試験ではXP®モノクローナル抗体を優先的に使用しています。
メタノール固定が必要で、生物種がヒトまたはラットの場合は、AIF抗体よりCOX IV (3E11) Rabbit mAb #4850の方が良好な結果が得られる可能性があります。
マウス細胞を扱う場合、メタノールで透過化したサンプルで、SDHA (D6J9M) XP® Rabbit mAb #11998の方がAIF抗体よりやや良好な結果が得られます。
核膜マーカー
核膜マーカーの場合は、際立って優秀な製品があります。Lamin A/C (4C11) Mouse mAb #4777は全ての生物種で良好な結果が得られ、メタノール固定でやや減弱するものの、ほとんどのプロトコールで明瞭で明るいシグナルが観察されました。
開始前のヒント
以上、それぞれの細胞内局在において最も高い性能がみられたものをご紹介しました。
どのような場合でも、実験を成功させるために最も重要な要因はサンプルを注意深く扱うことです。固定する前に細胞の健康状態や密度を考慮することが実験に影響を与えます。サンプルが十分に固定されていることを確認し、サンプルの乾燥は免疫蛍光染色実験に悪影響を及ぼす可能性があるので十分に注意してください。