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黒色腫:シグナル伝達経路の異常と治療へのアプローチ

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皮膚がんには主に、基底細胞がん、扁平上皮がん、黒色腫 (メラノーマ) の3種類があります。黒色腫はこの3つの中で最も致死率が高く、皮膚がんによる死亡の90%を占めます。早期に発見された場合、局部性黒色腫の5年生存率は99%です。しかし、局所転移のある黒色腫では63%、遠隔転移のある黒色腫では20%と、大幅に低下します。この予後の悪さの大きな要因に、切除できない転移性黒色腫に対する有効で永続的な治療法が確立されていないことが挙げられます1,2

黒色腫はほかのがんに比べ、体細胞変異の発生率が高いことが特徴です。これらの変異の大半は、黒色腫の発生には不要なパッセンジャー変異、すなわちサイレント変異 (非表現突然変異) です。しかし、腫瘍の成長や生存を促進するシグナル伝達経路を恒常的に活性化する、発がん性変異、すなわちドライバー変異も多く見つかっています3

黒色腫を促進するMAPK経路とPI3K/Akt経路の発がん性変異

黒色腫ではB-Raf遺伝子の変異が最も頻繁にみられます。 B-RafV600E は黒色腫の50%以上でみられる最もよく知られた変異で、皮膚細胞に 持続的な増殖シグナル を与えます。これに次いで多いのがN-Rasの変異で、全黒色腫の30%にみられます。これらを活性化する変異は、下流のMEK、MAPKを順次活性化します。このほか、 c-Kit Gαqなどの遺伝子変異も、RasやRaf、MEK、MAPKなどのMAPK経路 のタンパク質を活性化します。集約すると、黒色腫の90%以上でMAPK経路の異常な活性化がみられ、標的治療の理想的なシナリオが形成されています1,4。 B-RafやMEKを標的とした阻害薬が、黒色腫の治療薬としてFDAに承認されています。

細胞の増殖と生存を制御する PI3K/Akt経路も、黒色腫への関与が示唆されています。興味深いことに、RasがMAPK経路とPI3K経路の交差点に位置しています。したがって、Rasタンパク質の変異は両方の経路を活性化する可能性があります。原発黒色腫と転移黒色腫の2/3で、高レベルの リン酸化Akt がみられます。黒色腫の10 - 30%でみられる PTENの機能喪失変異が、Aktの高レベルなリン酸化の原因の一部となっている可能性があります。また、黒色腫の10%で mTOR 遺伝子の変異がみられ、生存率の低下に相関するという統計結果があります1,3

その他の潜在的な黒色腫の治療標的

このほか、潜在的な治療標的にWnt経路や NF-kB 経路などが挙げられます。しかし、既知の発がんドライバーに対する標的治療は最初は効果的ですが、一般に腫瘍が耐性を獲得した後は持続しません。したがって、患者の臨床成績を改善するためには新たな戦略的アプローチが必要になります。1度に複数のドライバーを標的とすることが1つの方法です。例えば、B-Raf阻害剤とMEK阻害剤を併用することで、患者の治療成績が改善することを示す研究結果があります。このほか、化学療法耐性のメカニズムを解明し、標的治療の効果を拡張するアプローチもあります。現在研究が進められているメカニズムとして、MAPK経路の再活性化 (例えば、B-RafV600E変異の選択的増幅) や、PDGFRβ c-Met IGF-1Rの上方調節などによる代替発がん経路の活性化などが挙げられます3

免疫系の利用:黒色腫研究者のための免疫療法アプローチ

また、 PD-1/PD-L1 CTLA-4などの免疫チェックポイント阻害因子を標的とするPembrolizumabやNivolumab、Ipilimumabなどの免疫療法と、標的療法を併用するアプローチも考えられます。免疫療法で、進行性黒色腫の長期寛解は達成されていますが、奏効率が低いのが現状です。標的治療薬の奏効率と免疫療法の持続性を併せ持つ治療戦略を特定するのが理想です。しかし、これまで適切な組み合わせの発見が難航しています。当初は、B-Raf阻害剤と抗CTLA-4免疫療法を組み合わせた臨床試験に期待が寄せられていましたが、肝毒性や胃腸毒性、皮膚への有害事象が発生し、最終的に中止されました。適切な治療の組み合わせや順序、タイミングを見つけることが、転移性黒色腫患者の生存率を改善しつつ、有効性と持続性を向上させる助けとなるでしょう。様々な標的治療と免疫療法の相互作用をより深く理解し、転移性黒色腫を撲滅するための併用療法のデザインが可能となることが期待されています。

 

参考文献

  1. Teixido C, Castillo P, Martinez-Vila C, Arance A, Alos L. Molecular Markers and Targets in Melanoma. Cells. 2021; 10(9):2320. doi: 10.3390/cells10092320.
  2. Yu C, Liu X, Yang J, Zhang M, Jin H, Ma X, Shi H. Combination of Immunotherapy With Targeted Therapy: Theory and Practice in Metastatic Melanoma. Front Immunol. 2019 May 7;10:990. doi: 10.3389/fimmu.2019.00990.
  3. Khaddour K, Maahs L, Avila-Rodriguez AM, Maamar Y, Samaan S, Ansstas G. Melanoma Targeted Therapies beyond BRAF-Mutant Melanoma: Potential Druggable Mutations and Novel Treatment Approaches. Cancers (Basel). 2021 Nov 22;13(22):584.
  4. Wellbrock C, Arozarena I. The Complexity of the ERK/MAP-Kinase Pathway and the Treatment of Melanoma Skin Cancer. Front Cell Dev Biol. 2016 Apr 27;4:33. doi: 10.3389/fcell.2016.00033.
Andrea Tu博士
Andrea Tu, PhD
Kallidus社グループのScientific Marketing ManagerであるAndrea Tu博士は、最新の科学的動向や開発の知識を得るのに夢中です。博士は、カリフォルニア大学バークレー校で分子細胞生物学の博士号を取得し、TGF-βシグナル伝達経路におけるSmadの翻訳後修飾について研究しました。Andrea博士は、カリフォルニア大学サンディエゴ校、ソーク研究所、スタンフォード大学、Agilent Technologies社、Bio-Techne社で20年にわたり、研究開発、営業サポート、マーケティングなどの技術職に携わってきました。

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