今年の北米神経科学学会 (SfN) が、美しいカリフォルニア州サンディエゴで開催されました。年に1回開催されるこの会議に、30,000人以上もの神経科学者が出席し、神経科学の様々なトピックスについて議論がなされました。言うまでもなく、神経科学は分子、ニューロン、神経回路や行動まで、非常に広範囲にわたる学術分野です。今年も、シンポジウムの口頭発表、ポスター発表とも、参加者にとって優先順位のつけ難い演題が多くみられました。
私は開発科学者として、米国だけでも250万人の患者がいる神経変性疾患、アルツハイマー病 (AD) にフォーカスしました。私はCSTの視点から、AD研究の動向と、学術と産業の接点の理解に努めました。この観点から、ADの進行メカニズムの解明や、今後の医療への応用に関する、幾つかの方向性を見出すことができました。
ここ20-30年間にわたってAD研究の中心となってきたのは、アミロイド仮説です。この仮説では、脳内でのアミロイドβペプチド (Aβ) の蓄積と、これによる脳組織におけるアミロイド斑の形成がAD発症の一次経路と考えられています。疾患の発症や進行のプロセスや、究極的なADの病態を解明する研究が、盛んに行われてきました。中でもAβがどのようにシナプスや脳内のニューロン間の伝達ユニットを変化させるのかを明らかにする研究が注目を集めてきました。しかし、Aβ除去薬では期待されたほどの治療効果があげられず、ADの病因としてのAβに対する理解をより深める必要性が示唆されています。
神経免疫系とAD発症の関連性の研究は、SfNでも関心の大きい領域であることが明らかでした。ミクログリアは脳の常在性免疫細胞で、細胞デブリを除去するとともに炎症性サイトカインの産生に関与しています。このようなプロセスは、脳の恒常性維持において、有益な機能と有害な機能の両方を持つ可能性があります。
ADの分野でミクログリアの生物学が注目を集めているのには、幾つか理由があります。例えば、ミクログリアはアミロイド斑を囲んでいますが、ミクログリアが脳で果たしている役割が有益なのか有害なのかは、はっきりしていません。また、ミクログリアで発現する遺伝子の幾つかで、ADのリスク要因となり得る変異が特定されています (TREM2など)。さらに、ミクログリアはシナプスの形成、維持、消失に直接的に機能している可能性があります。したがって、ミクログリアがADの進行に重要な役割を果たしており、同時に治療のための重要な標的になる可能性があります。
ミクログリアとADがどのように研究されているかにフォーカスした口頭発表やポスターが幾つかありました。現在のところ、ADの研究は齧歯類モデルを利用したものが主流ですが、疾患進行の細胞基盤を解明するために、患者由来の人口多能性幹細胞 (iPSCs) も利用されるようになっています。患者由来iPSCから分化したミクログリアのような細胞モデルの開発が、何人かの研究者により報告されています。この進行分野の発展に貢献するため、抗体ベースのミクログリアマーカーを開発することが、CSTの急務と言えます。現在、AD患者のiPSC由来のミクログリアをモデルシステムとして用いることにより、遺伝的バリアントとADのリスクの関連性が研究されています。
そのような研究の例の1つとして、カリフォルニア大学リバーサイド校のBlurton-Jones博士の研究グループは、TREM2に変異を持つ患者のiPSCに由来するミクログリアを用い、ミクログリアの機能 (Aβファゴサイトーシスなど) の変化を報告しました。この中に、ヒトiPSC細胞で形成した3D脳神経細胞オルガノイドへのミクログリアの取り込みも含まれており、これはAD研究のヒト細胞ベースのモデルとして大いに期待されます。しかし、TREM2やその下流シグナル伝達経路が、疾患でどのように変化するのかなど、解明すべき課題は多く残されています、上述したような新規のヒト細胞ベースのモデルを利用してこれらの経路を解明することで、新たな治療標的が特定できる可能性があります。現在CSTは、この新しい分野の研究を加速する、ミクログリア関連製品をいくつか開発中です。
まとめると、ADは未だ盛んに研究が勧められている分野であり、新たな発展や発見が強く期待されています。CSTはADの理解と治療法の開発を加速する、高度に検証された抗体を用いた研究ツールの開発を続けていきます。
神経科学について詳しく知りたい方は、CSTの神経科学リソースページをご覧ください。