細胞老化は、細胞が増殖を止め、細胞周期を不可逆的に停止する現象です。これは発生や組織のリモデリングの正常なプロセスとして起こりますが、加齢に伴う一般的な組織機能の低下や、多くの疾患にも関与しています。このような疾患に、がん、アテローム性動脈硬化、神経変性などが挙げられます。したがって、老化細胞が病態にどのように関与しているのかを明らかにし、これを除去する方法を開発することで、多くのヒトの疾患の治療に繋がる可能性があります。
細胞老化は、有害な遺伝子変異を持つ細胞が分裂するのを防ぐための潜在的な防御機構として、DNA損傷によって引き起こされます。したがって、細胞老化は重要ながん抑制機構として機能します。老化を媒介するタンパク質の多くは、p53、p16INK4A、Rb (retinoblastoma protein) などの既知のがん抑制因子です。したがって、これらの遺伝子の変異は、幾つかのタイプのがんに関与しています。しかし、老化細胞は、サイトカイン、プロテアーゼ、増殖因子の発現亢進や放出によってがんの微小環境を変化させ、がんの進行を促進する可能性があります。老化細胞のこの性質は細胞老化関連分泌現象 (SASP) と呼ばれています。これらの因子の分泌は、血管新生、細胞外マトリクスのリモデリング、上皮間葉転換 (EMT) を誘導して、がんの進行や転移を促進する可能性があります。さらに、SASPによる炎症は免疫抑制を引き起こし、これによって免疫系の監視を逃れたがん細胞の増殖がより促進される可能性があります。
神経系では、細胞老化がアルツハイマー病 (AD)、 パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) などの加齢に伴う神経変性疾患に関与しています。SASPシグナルとインフラマソームを介した神経炎症は、このような経変性疾患においてニューロンの脱落の原因になります。例えばアルツハイマー病では、老化の表現型を示すオリゴデンドロサイト前駆細胞と呼ばれる、特定のタイプのグリア細胞が増加しているようです。ADモデルマウスに老化細胞除去薬 (選択的に細胞死を引き起こし老化細胞を除去する化合物) を投与した研究で、神経炎症とアミロイド斑負荷が有意に低下することが明らかにされました (Zhang P, 2019; PMID: 30936558).
膵臓のインスリン生産β細胞の細胞老化が、自己免疫と代謝機能のそれぞれに影響を与え、I型糖尿病とII型糖尿病の両方の糖尿病の進行を促進することが示唆されています。これらの病態では、細胞老化によってβ細胞の増殖キャパシティが低下するとともに、SASP因子の分泌が誘導され、炎症や組織の損傷が促進されます。アルツハイマー病のケースと同様に、糖尿病の動物モデルでは、老化細胞除去薬が疾患の進行を抑制する有望な結果が得られました (Thompson PJ, 2019; PMID: 30799288) .
血管の細胞老化は、アテローム性動脈硬化の進行に寄与すると考えられます。特に、血管平滑筋と内皮細胞の細胞老化の増加は、動脈硬化性プラークの形成を促進します (Uryga AK, 2016; PMID: 26174609). これは、SASPによる炎症の促進と、TGF-β (transforming growth factor β) の減少による組織恒常性と組織修復の低下が原因の一部になっていると考えられます。
興味深いことに、上記のそれぞれの病態の進行に共通のリスクファクターとして加齢が挙げられています。当然の事ながら、加齢に伴いほとんどの組織に老化細胞が蓄積することはよく知られており、これは細胞老化と加齢に伴う疾患の関連性を示唆しています。
あなたが研究している疾患領域と、細胞老化との関連性について考えたことはありますか?
細胞老化と疾患の進行における役割、細胞老化の研究法の詳細な情報は、CSTの細胞老化シグナル伝達経路をご覧ください。