CSTブログ: Lab Expectations

Cell Signaling Technology (CST) の公式ブログでは、実験中に起こると予測される事象や実験のヒント、コツ、情報などを紹介します。

3倍のデータ、3倍の知見を取得可能:DIAプロテオミクスとDDAプロテオミクスの違い

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バイオテクノロジー企業は、バイオマーカーの探索やオンターゲットおよびオフターゲットの検証、作用機序の研究といった極めて重要な研究にプロテオームプロファイリングを活用し続けており、研究者は、「貴重なサンプルからより多くの知見を得るにはどうすればよいか?」 と考える機会が増えています。

プロテオミクスは、間違いなく疾患生物学の理解を進歩させてきましたが、時として、生物学的疑問に取り組むには解析の「深さ」や「特異性」に欠けます。しかし、近年では、強力な新技術が登場したことにより、今まで以上に包括的な解析が可能となりました。DIA (Data-independent acquisition) プロテオミクスは、タンパク質の発現やシグナル伝達の相互作用、翻訳後修飾 (PTM) をより詳細に把握し、探索ワークフローの効率を最大化できる、非常に興味深いボトムアップの新たなアプローチです。

Matt Stokes、CSTのプロテオミクスダイレクター

「DIA法を用いたOrbitrap Astral プラットフォームでの解析により、今まで使用していた装置の3倍を超えるタンパク質を同定および定量できました。」 

~ Matt Stokes、CSTプロテオミクスダイレクター

しかし、最先端の装置を導入するには高いコストがかかるため、多くの研究室ではこのような知見を取得するのは困難です。CSTのプロテオミクス解析サービスチームは、最新鋭のDIAプロテオミクス装置であるThermo Scientific社製Orbitrap Astral質量分析計を導入できたことに大きな喜びを感じています。弊社は、Orbital Astral解析装置を用いることにより、従来のDDA (Data-dependent acquisition) プロテオミクスの3倍ものデータを取得できました。

もし、感度や再現性、解析のカバレッジを向上させる方法をお探しであれば、ぜひ弊社のこの強力な解析装置を用いたサービスを活用してください。他の方法では困難な生物学的知見の解明も可能になるかもしれません。

本ブログ記事では、DDA法とDIA法により得られた結果の比較に関する詳細や、最先端のプロテオミクスツールが、従来のプロテオミクス解析では得られなかったデータをどのようにして取得可能にするのかを紹介します。

<CSTのプロテオミクス解析サービスについての詳細はこちら >

高深度プロテオームプロファイリング:DDA法とDIA法の比較

質量分析ベースのボトムアッププロテオミクスは、ラージスケールでハイスループットな、プロテオームプロファイリング用の最も強力な技術の1つへと進化しています。ディスカバリープロテオミクス、または非標的プロテオミクスなどのボトムアップ法では、生物学のリアルタイムなモニタリングが可能になり、タンパク質の量やプロセシングといった個々の変化に関する、広範な分子レベルでの知見が得られます。これをPTMScanワークフローと組み合わせることにより、研究者は、疾患の進行を引き起こす細胞内経路の変化または標的薬物療法への応答を調査できます。

先述したとおり、液体クロマトグラフィー-質量分析 (LC-MS) を用いて特定のタンパク質の定量データを取得する戦略には、 DDA (Data-dependent acquisition) 法とDIA (Data-independent acquisition) 法の2種類があります。

これら2つの違いは、以下の例で考えると分かりやすいかもしれません: 

DDA法は、プリントフィルムを用いる低解像度のカメラで写真を撮るようなものですが、DIA法は、極めて高解像度のデジタル画像を取得するようなものです。この例で言えば、DDA法で取得した「画像」はピクセル化されており、写真内の小さな特徴を確実に識別し、より詳細な知見を得るために必要な解像度を持っていない可能性がありますが、DIA法で取得した「画像」は、はるかに高解像度であり、写真内の小さな特徴を識別し、ズームインして画像内の小さな物体についてのより詳細な情報が取得可能です。

2023年に販売が開始されたOrbitrap Asymmetric Track Lossless (Astral) は、DIAワークフローを活用した強力な質量分析装置です。この装置は、従来のOrbitrap装置よりも非常に多くのペプチドを定量するための速さと感度、解像度を備えています。

DIAプロテオミクスとDDAプロテオミクスの主な違い

DIAワークフローがディスカバリープロテオミクスに与える影響を示すために、トリプシン消化したマウス肝臓タンパク質を用いてLCを行い (ランタイム45分)、Orbitrap Astral解析装置の性能をQ Exactive HF(QE)、Orbitrap Fusion Lumos Tribrid(Lumos)、Orbitrap Ascend Tribrid(Ascend)などの従来の装置と比較しました。 

以下の表に、2つの異なる手法で得られた結果をまとめています: 

 

DIA法 - Astral

DDA法 - 従来の機器

プロテオームカバレッジ

サンプル中の検出可能なすべてのペプチドをフラグメンテーションさせて測定するため、高いプロテオームカバレッジを実現 ペプチドの一部のみをフラグメンテーションさせるため、部分的なプロテオームカバレッジに限定

CSTによる両手法の評価の結果

定量されたタンパク質群

10,000超
(マウス肝臓組織)
2,500 - 3,600
(マウス肝臓組織)

再現性とデータの完全性

測定されたペプチド強度から生成されたデータマトリクスは、カバー率93% 測定されたペプチド強度から生成されたデータマトリクスは、カバー率わずか69%

存在量の少ないタンパク質に対する感度および同定した量

定量されたペプチドは2倍以上に増加、存在量の少ないタンパク質を多く含有、少なくともダイナミックレンジが1桁増加 定量されたペプチドは半数以下 (約20,000)、存在量の少ないタンパク質に対する低いカバレッジ

 

引き続き、DDA法とDIA法をさらに詳しく説明し、2つの手法を活用した実験から得られたデータの量と質を比較します。

データ取得法:DDA法とDIA法におけるペプチドフラグメンテーションの違い

DDA法とDIA法の違いを理解するには、まずペプチドのフラグメンテーションとデータの取得方法における違いを認識することが重要です。 

DDA法では、質量分析装置は、任意の時点でLCカラムから溶出するすべてのペプチドを測定する「フルレンジサーベイスキャン」と、共溶出されたペプチドの限られたサブセットを分離する一連の「ナローレンジスキャン」を交互に行います。ペプチドを取得後、個々のペプチドは、サーベイスキャンから得られた共溶出ペプチド解析シグナル強度のリアルタイム解析に基づいて、フラグメンテーションの優先順位が決定されます。このプロセスを、LCグラジエントの全長にわたって繰り返し、できる限り多くの固有の目的ペプチドを同定し、サンプルのカバレッジの最大化を目指します。

一方、DIA法は、最新鋭装置の向上した分解能 (>10K) や精度 (<10ppm)、スキャン速度の高速化を活用することにより、ほぼ際限なく多重解析できる高品質なデータを生成します。DIA法では、フラグメンテーションさせるペプチドのサブセットを選択するのではなく、「フルレンジサーベイスキャン」に加えてより広範な「分離ウィンドウ」を使用し、幅広い共溶出ペプチドを一度に捕捉してフラグメンテーションさせます。このプロセスにより、各インターバルで複数の共溶出ペプチドからキメラフラグメンテーションデータが生成されるため、サンプルのプロテオームを包括的にカバーできます。

図1では、DDA法とDIA法における分離ウィンドウの違いと、それらがペプチド取得にどのように影響するかを示しています。

DIA法とDDA法によるプロテオミクスの比較

図 1. LC-MSクロマトグラムの模式図 (A)、30分間隔で共溶出するプリカーサーのMS1サーベイスキャン (B)、その後のフラグメンテーションスキャン (C) を示しています。フラグメンテーションスキャンは、DDA法とDIA法のどちらのワークフローでも行いますが、DDA法は一連のペプチドを選択した狭い分離ウィンドウを、DIA法はすべてのペプチドフラグメントを含む広範な分離ウィンドウを使用します (DIA法)。

実験例:DIA法とDDA法から得られた結果の比較

先述したとおり、弊社は、トリプシン消化したマウス肝臓タンパク質を用いてLCを行い (ランタイム45分)、Orbitrap Astral解析装置の性能を従来の装置と比較しました。 

弊社が取得した結果を以下にまとめました。これらの結果から、DIA法は、DDA法の3倍のタンパク質群を同定可能であり、感度と実験再現性が向上することが分かります。

より多くのタンパク質群を定量可能 

図2に示すように、同定されるタンパク質は、従来のDDA法では2,500-3,600であるのに対し、Orbitrap Astralシステムでは10,000を超えます。

DIA法とDDA法の比較:定量されたタンパク質群

図2. DIA法&DDA法を用いたAsral装置上で同定されたタンパク質群の数を、旧世代のOrbitrap装置と比較しました。

Orbitrap Astralシステムにも、DDAプロテオミクスワークフローを実行する機能があります。このペプチド取得方法を実行したところ、6,600のタンパク質群を同定できましたが、DIA法よりもはるかに少ない量でした。

実験再現性が向上

DIA法とDDA法の違いをさらに説明するために、Orbitrap Astral装置でDIA法とDDA法の両方を用いて、同じマウス肝臓サンプルセットを解析しました。図3は、2つのサンプルセットで同定されたタンパク質群のヒートマップを示しており、DIA法ではデータの欠損が少なく、より完全なデータマトリクスが得られることが分かります。DDAワークフローでは、LC-MSの実行中に解析物のランダムサンプリングが行われるため、取得できるデータがはるかに少なく、DIA法の結果と比較して空白 (データの欠損) が多くなります。

したがって、DIA法は、DDA法の結果 (約69%) と比較した場合に、複数サンプル間または2つのサンプル間における再現性において、はるかに優れた再現性 (約93%) を示すことが分かります(空白のスペースが少ない)。

プロテオミクスの再現性に関するDIA法とDDA法の比較

図3: Orbitrap Astral装置を用い、DDA法またはDIA法でプロファイリングした雌および雄のマウス肝臓 (n=3) のプロテオーム解析を示すヒートマップマトリクスを示しています。

感度および量の少ないタンパク質の同定能力の向上

2つのデータセットの比較から、DIA法はDDA法よりも感度が著しく高く、定量測定値が2倍以上に増加し、より完全なデータマトリクスが得られることが分かりました (図4)。DIA法のデータマトリクスには、より多くの定量値が含まれるため (DDA法:約20,000に対してDIA法:約45,000)、幅広いデータポイントにわたって統計的検定を適用可能であり、より優れた解析冗長性と統計的検出力を備えた、さらに包括的な解析が可能になります。

DDAプロテオミクスとDIAプロテオミクスで定量化されたペプチドの価値の比較

図4. データセットを棒グラフで比較しています。DIA法では、2倍以上の定量測定値が得られます。

下のヒストグラムは、DIA法とDDA法のそれぞれで同定された、タンパク質の存在量の測定値を一緒に示しています(図5)。この結果は、DIA法が、同じサンプルのDDA法による解析よりも、マウス肝臓サンプルにおける存在量の低いタンパク質 (0.1~3.1) を多く同定および定量できることを明確に示しています。DIA法で得られたプロテオームカバレッジの深さは、x軸方向に対し少なくとも1桁は違います。

より低い存在量のタンパク質の同定図5: 様々な存在量レベル (x軸、平均タンパク質密度 (log10)) を示すマウス肝臓サンプルから同定されたタンパク質群を、DDA法 (緑) とDIA法 (青) で比較しました。

存在量の少ないタンパク質であっても、細胞の健康に大きな影響を与える可能性があるため、存在量の少ないタンパク質のプロテオームには潜在的な疾患バイオマーカーが存在するかもしれません。DIA法で可能となるタンパク質発現のより包括的な調査は、DDA法による解析では見逃されていたかもしれない創薬標的の発見に役立ちます。

CSTのプロテオミクスサービスチームとの連携

Orbitrap Astral解析装置の高度なDIA機能と極めて高い感度により、以下を含む様々な分野のプロテオミクス研究をより深くカバーできます: 

  • 作用機序の研究
  • オンターゲットおよびオフターゲットの検証
  • 疾患ドライバーの発見
  • タンパク質バイオマーカーの探索と検証
  • タンパク質PTMバイオマーカーの探索と検証
  • アセチローム (Acetylome) またはメチローム (Methylome) 、あるいはその両方のシグナル伝達などのモニタリング
  • ユビキチン化のプロファイリング
  • 標的タンパク質分解研究のための検証
  • 調節されたシグナル伝達経路の同定

弊社のプロテオミクスサービスチームは、20年以上の経験を有しており、お客様のプロジェクトに適する実験デザインやサポートを提供できます。CSTは、お客様の実験の目標を理解するために、お客様と協働し、結果が有意義なものとなり、探索研究を前進させることができるようにサポートします。

CSTのプロテオミクスサービスについてや、この最先端装置の感度と再現性を活用して、お客様のプロジェクトのリスクをどのように軽減できるかについては、お気軽に弊社にお問い合わせください。

 

参考文献:

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Jeffrey Silva, PhD
Jeffrey Silva, PhD
Jeffrey Silva博士は、プロテオミクスのアプリケーションや方法の開発において25年以上の経験を有する、CSTのプリンシパルサイエンティストです。

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