長い間、シングルセルレベルでRNAと細胞内タンパク質をまとめて検出することは非常に困難でした。しかし、RNAとタンパク質を同時に解析することにより、各細胞タイプにみられるRNAレベルやタンパク質発現の違い、さらには、それらの違いが疾患メカニズムや治療法への応答に与える影響の直接的な評価が可能となり、生物学的プロセスに関する新たな知見を取得できます。
何年もの間、研究者はRNAとタンパク質を同時解析できるアッセイを実現しようと試みていましたが、RNAを損なうことなく細胞内タンパク質や翻訳後修飾 (PTM) のデータを取得することは困難でした。新たな手法もいくつか登場していますが、その多くは様々な業界や研究室、アプリケーションに一貫して通用する再現性が欠けています。
そのような中で、これらを実現可能と謳うInTraSeqアッセイを疑ってしまうのも無理はありません。この技術についてどう思うかを何人かの科学者に尋ねてみたところ、その多くが「実際に機能するところを見てみないと何とも言えない。」と答えました。
「InTraSeq技術に大変期待していますが、私が重視しているのはその信憑性です。証拠を示してほしいと思います。私は疑い深い性格なので。」
(学術研究者)
本ブログでは、InTraSeqアッセイの弊社の検証データをいくつか紹介しています。その正確性、感度、再現性をご確認ください。査読前論文「InTraSeq: A Multimodal Assay that Uncovers New Single Cell Biology and Regulatory Mechanisms」で発表した本研究は、ブリガムアンドウィメンズ病院、マサチューセッツ総合病院、ハーバード医科大学院、MIT・ハーバード大学ブロード研究所、バーゼル大学の科学者らとの共同研究です。
このままデータの概要をご覧いただくか、以下のリンクを用いて関連するセクションをご覧ください。
- InTraSeqアッセイはRNAの完全性を保持できるか?
- InTraSeqアッセイはscRNA-seqを用いて細胞内の不均一性を検出できるか?
- InTraSeqアッセイは細胞内と細胞表面のタンパク質の両方を正確に検出できるか?
- 存在量の低い標的タンパク質に対するInTraSeqの再現性と感度は?
InTraSeqアッセイはRNAの完全性を保持できるか?
多くのシングルセルアッセイでは作用の強い化合物を用いて細胞膜を破壊するため、RNAの分解または喪失が生じます。そのため、シングルセルマルチオミクス実験におけるRNAの完全性の保持は、業界全体にわたる課題でした。InTraSeq試薬は、抗体を細胞内に侵入できるようにしつつ、RNAが細胞外に流出して分解されないように、穏やかに細胞膜と核膜を透過化します。これにより、InTraSeq アッセイでは、RNAを保持しながらscRNA-seqの高品質な解析データを取得できます。
InTraSeqアッセイがRNAの完全性を保持できることを示すため、同一ドナーから得た異なる3条件下の末梢血単核球細胞 (PBMC) のトランスクリプトームを比較しました。
- 新鮮な未処理の細胞 (Live)
- 抗体を添加せずにInTraSeqプロトコールで処理した細胞 (InTraSeq RNA-Only)
- 抗体検出用タグの添加を含む、InTraSeqの全プロトコールで処理した細胞 (InTraSeq RNA+ADT)
通常の10x Genomics Chromium Single Cell 3’ experimentを実施し、上記の3条件 (Live、InTraSeq RNA-Only、InTraSeq RNA+ADT) の各細胞のシーケンシングリードを比較すると、図1に示すように、検出されたUMIの合計と同定された遺伝子の数は、3つのサンプルタイプすべてで同等でした。
図1: 左:ベンチマーク解析実験のデザインを示しています。右:遺伝子発現アッセイで得られたLive、InTraSeq-RNA Only、InTraSeq RNA+ADTの各サンプルの要約統計量の分布を比較しています。
また、図2に示すRNAのさらなるプロファイリング解析の結果から、どちらのInTraSeqサンプルにも、生細胞と同等量のミトコンドリア、リボソーム、その他の遺伝子の転写産物がみられることが分かります。
図2:Live、InTraSeq RNA-only (上) 、InTraSeq RNA+ADT (下) から得られた、対数正規化した各遺伝子発現の平均値を比較した散布図を示しています。遺伝子を3つのタイプ (ミトコンドリア遺伝子、リボソーム遺伝子、その他の遺伝子) に層別化しています。遺伝子タイプのラベルはGENCODE vM23アノテーションから取得しました。
以下のセクションでは、InTraSeqアッセイで細胞タイプおよびサブタイプを確実に同定するための高品質なscRNA-seqデータが取得できることを示す、追加実験の概要を紹介します。
InTraSeqアッセイはscRNA-seqを用いて細胞内の不均一性を検出できるか?
InTraSeqアッセイが、細胞タイプマーカー遺伝子を用いて細胞の不均一性を保持および検出できることを示すため、上述した3種類のPBMCサンプルのデータセットに対して教師なしscRNA-seqクラスタリング解析を行いました。
図3の結果から、3種類のすべてのサンプルが、B細胞やT細胞、NK細胞、単球、その他の細胞タイプについて同様の組成を示すことが分かります。存在する細胞の数とタイプは、すでに文献で発表されている実験に基づいて予測した細胞構成と一致しました1。
図3:同じドナーから得たInTraSeq実施前後のPBMCにおける細胞タイプを示すUMAPを比較しています。それぞれのUMAPから、InTraSeq実施前後の細胞から得られる各細胞タイプの割合が類似しており、InTraSeqプロトコールが影響を与えていないことが分かります。
細胞タイプの検出におけるこの一貫性は、異なるPBMCドナーからの追加の3種類のレプリケートでも確認されており、その結果を図4に示しています。InTraSeqアッセイは、RNAレベルを保持するだけでなく、サンプルの細胞不均一性も維持し、その信頼性と再現性は実証されています。
図4:追加された3人のPBMCドナーのRNAベース教師なしクラスタリング解析から、生細胞サンプルとInTraSeqプロトコールを実施したサンプルを比較した場合、細胞タイプの構成と頻度が類似していることが分かります。
次に、3条件のPBMCサンプルの各データセットに対し、20種類以上のマーカー遺伝子 (CD14、CD19、CCR7、IL7Rなど) に関する詳細な解析を行いました。図5に示す結果から、各細胞クラスターにおける主要なRNAマーカーの発現は、「Live」、「InTraSeq RNA-Only」、「InTraSeq RNA+ADT」のすべてで類似していることが分かります。このデータから、InTraSeqプロトコールを用いて処理した細胞と未処理の生細胞のRNA品質に関する、さらなる検証結果が得られました。
図5: 各サンプルにおけるクラスターマーカー遺伝子のRNA発現を示しています。ドットプロットの各ドットの大きさは細胞の割合を表し、色は各サンプルの細胞タイプ間で正規化された遺伝子の平均的な発現レベルを表しています。
InTraSeqアッセイは細胞内と細胞表面のタンパク質の両方を正確に検出できるか?
他の技術と異なるInTraSeq技術の主な特徴は、細胞内タンパク質と細胞表面タンパク質の両方を検出および定量して不均一な細胞集団を明確に区別できる点です。細胞表面タンパク質のみを検出するCITE-Seqとは対照的に、InTraSeq技術は、複雑な細胞内シグナル伝達経路を偏りなく研究するためのツールを科学者に提供します。
InTraSeq技術が、細胞内および細胞表面タンパク質を正確に測定できることを確認するために、不均一なPBMCサンプルから検出したRNAシグナルとタンパク質シグナルを比較しました。その結果、タンパク質の発現パターンは検出されたRNAレベルと一致しており、InTraSeqアッセイが目的の細胞内タンパク質を正確に測定できることが分かりました。
例えば、細胞表面マーカーであるNCAM1のRNAとタンパク質は、予想通りNK細胞のみで検出され、細胞内標的であるAIF1のシングルセルレベルのタンパク質とRNAモダリティはどちらも、単球で正確に検出されました (図6)。
図6:InTraSeq RNA+ADTサンプルにおける細胞表面タンパク質 (上) および細胞内タンパク質 (下) の発現と、シングルセルレベルのRNAの発現を示すスタックドバイオリンプロットを比較しています。
InTraSeqアッセイで検出されるタンパク質の発現レベルは、検出されるRNAレベルよりもダイナミックで、検出範囲が広いことに注意する必要があります。このような違いは、Foxo1とNFATC2/NFAT1で観察され、タンパク質シグナルはRNAシグナルよりも強くなっています。
次に、InTraSeqで取得できるタンパク質シグナルを検証するために、別のPBMCサンプルを用いてフローサイトメトリー解析を行いました。図7に示すように、フローサイトメトリーの結果は、InTraSeqデータセットと非常に類似しています。このフローサイトメトリーを用いた交差検証の結果から、InTraSeqアッセイで検出したシングルセルレベルのタンパク質データが信頼できることが分かります。
図7:各細胞タイプにおける目的のタンパク質の発現パターンの違いを、フローサイトメトリーで検証しました。
存在量の低い標的タンパク質に対するInTraSeqの再現性と感度は?
存在量の低いPTMの研究には一般的にウェスタンブロッティングが用いられますが、このアッセイではシングルセルレベルのデータを取得できません。一方、多くのシングルセルアッセイでは、PTMのような一過性のイベントの定量は困難であり、結果の再現性に欠けることが多々あります。しかし、InTraSeq技術は、シングルセルレベルで存在量の低いPTMデータを確実に取得できます。
InTraSeqのこの能力を確認するために、ナイーブCD4陽性T細胞を単離し、Th0、非病原性Th17 (npTh17)、病原性Th17 (pTh17) の各サブセットに分化させて実験に用いました。また、ナイーブCD4陽性T細胞のリン酸化を誘導するために、PMA/IOで10分間刺激して一過性のタンパク質修飾を研究する実験モデルを構築しました。
次に、InTraSeqで処理したナイーブサンプルと分化させたサンプルの両方に対し、従来のウェスタンブロット (WB) 解析とシングルセルドットプロット解析を行いました。その結果、異なるアッセイおよび実験条件でも同様のPTMレベルが得られ (図8)、InTraSeqアッセイが一過性かつ存在量の低いPTM変化を正確に定量できることが分かりました。さらに、異なる生物学的レプリケートを用いて複数回この実験を行い、InTraSeqアッセイが再現性を示すことも確認できました。
図8:ウェスタンブロット (左) とドットプロット (右) の結果の比較から、InTraSeqアッセイがすべてのサンプルタイプの生物学的レプリケートで同様のPTMレベルを検出できることが分かります。
今までは得られなかった情報を取得可能
25年以上にわたり、CSTは高品質な抗体試薬を提供することで知られており、細胞のシグナル伝達やPTM研究用抗体を提供する最も信頼される抗体企業であり続けています。InTraSeq技術は、ウェスタンブロットを超えるより深い知見をもたらし、シングルセル解析を可能にします。
「InTraSeq技術を活用して取得した包括的なデータセットを用いることにより、新たな疾患メカニズムが解明されるのではないかと大いに期待しています。」と、InTraSeq技術の開発に深く携わったCSTのシニアサイエンティストMajd Arissは述べます。「また、InTraSeqは、安全に停止できるステップをいくつか含む、作業時間がわずか1時間の簡単なプロトコールであることが高く評価されると思います。」
InTraSeqのさらなる検証データや、InTraSeq技術を用いて新たな制御メカニズムを同定する方法については、bioRxiv誌に掲載された査読前論文の全文をご覧ください。
「この研究では、InTraSeq技術を用いてTh17細胞の分化を調べており、予想外の結果もいくつかありました。」と、Arissは説明します。「InTraSeqのより包括的なデータセットから、Th17細胞の分化における転写遺伝子プロファイルとタンパク質発現レベルの間に大きな違いが見つかりました。この発見は、T細胞活性化の理解に影響を与えるかもしれません。」
InTraSeqアッセイは、シングルセルレベルでRNAと細胞表面タンパク質および細胞内タンパク質の同時検出を可能にする強力なツールであり、研究者は細胞の不均一性、疾患メカニズム、治療反応についての理解をより深めることができます。
参考文献
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Ding J, Adiconis X, Simmons SK, et al. Systematic comparison of single-cell and single-nucleus RNA-sequencing methods. Nat Biotechnol. 2020;38(6):737-746. doi:10.1038/s41587-020-0465-8
このブログ投稿は、InTraSeq技術開発に深く携わったCSTのシニアサイエンティストMajd Arissと連携して執筆しました。