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Journal Club | Bivalentヌクレオソームのゲノムアドレス

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遺伝子の活性およびそれらの制御因子の一部は、細胞タイプに特異的なクロマチンの組成によって制御されています。クロマチンの構成要素であるヌクレオソームは、ヒストンタンパク質で構成されるヒストンコアに巻き付いており、遺伝子発現を促進または抑制する多数の翻訳後修飾 (PTM) を受けます。個々のヒストンは、転写促進性の修飾あるいは転写抑制性の修飾を受けますが、これらの両方の修飾が共存する場合もあります。そのような「二重」または「組み合わせ」の修飾は、特定の細胞集団の共通の特徴として観察されます。

現在のところ、ゲノムの特定の領域にある個々のヌクレオソームが、活性型と抑制型の両方のクロマチン状態を示す組み合わせ修飾を持つかどうかを判断する信頼できる方法はありません。

マサチューセッツ総合病院およびハーバードメディカルスクールのShema氏らは、2016年5月6日のScience誌において、ハイスループットな蛍光一単一分子アプローチを用いた個々のヌクレオソームのヒストン修飾とゲノムの局在を同定する新たなアプローチを報告しました。論文題名は、「Single-molecule decoding of combinatorially modified nucleosomes」です。

クロマチン免疫沈降 (ChIP) は、一般的に、遺伝子発現制御に関与するヒストン修飾を調べるために用いられます。ChIPを用いることにより、クロマチン修飾のおおよそのゲノム上の位置を同定することができますが、ヌクレオソームレベルでのエピジェネティックな標識の検出に必要な解像度は備えていません。質量分析は、この点でより高感度ですが、断片化した同一のヒストンペプチドの修飾を検出することはできますが、ゲノム位置に関する情報を欠いています。

Shemaらは、特定のヒストン修飾を検出する標識是海のモノクローナル抗体を使用し、全反射照明蛍光 (TIRF) 顕微鏡によるモノヌクレオソームの分離、固定、可視化をベースとする、単一分子アプローチを設計することにより、これらの問題を解決しています。

実験デザインの概要

  1. Micrococcal nuclease消化を用いてヌクレオソームを単離
  2. 遊離したDNA末端と、蛍光標識したビオチン化アダプターオリゴヌクレオチドを結合
  3. PEG (ポリエチレングリコール) とストレプトレアビジンでコーティングしたスライド上で、アダプター結合蛍光モノヌクレオソームを捕捉
  4. アダプター分子の蛍光を切断し、TIRF顕微鏡を用いてモノヌクレオソームの可視化およびスライド上の位置を記録
  5. 特定のヒストン修飾を検出する蛍光標識抗体と、捕捉したモノヌクレオソームをインキュベーション
  6. タイムラプスTIRF顕微鏡を用いて抗体との結合と解離の観察を繰り返し行い、各修飾のポジティブ/ネガティブヌクレオソームを適切にスコアリング
  7. ヒストン修飾を特定のゲノム上にマッピングするため、一分子のシーケンシングを実施

原理の実証

単一分子アプローチを用いて、HEK293細胞におけるアセチル化Histone H3 Lysine 9 (H3K9ac) の基本的なレベルの評価が行われた結果、何百万個ものヌクレオソームを個々に調査し、その全ヌクレオソームの1%がこの修飾を受けていることが明らかとなりました。予想されたとおり、この数はヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) 阻害剤で細胞処理することにより7%まで増加しました。ネガティブコントロールとして、未修飾の組換えヌクレオソームを用いたH3K9ac発現の試験を行ったところ、ポジティブとしてスコアされたヌクレオソームはたったの0.1%でした。さらに、H3K4me3、H3K27me3、H3K27me2、およびH3K27acの標識のスコア化も行いました。これらの修飾については、未修飾の組換えヌクレオソームを用いた交差試験も行い、アッセイの特異性を確認しました。

主な発見

1. Bivalentヌクレオソームは多能性胚幹細胞 (ESC) で広範に観察される: 

ES細胞のヌクレオソーム、またそれらの分化後の細胞から得られたヌクレオソームについて、二価ヌクレオソームの有無の調査が行われました。「Bivalent」という用語は、転写抑制と転写活性の両方のヒストン標識を同時に有するクロマチン領域のことであり、これらの標識は、H3K27me3とH3K4me3修飾を指します。過去の文献では、このような相反する修飾の共存はES細胞の発生関連遺伝子プロモーターで明らかであり、この特性がこれらの遺伝子を代替の細胞系統運命に向けて準備させると考えられていた、と提唱されていました。そのような標識が同じヌクレオソームに属しているという決定的証拠はありませんが、この現象は、同時に行われたChIPおよびIP質量分析実験により裏付けられています。このため、この研究では一分子アプローチによる取り組みが行われました。

TIRFイメージングにより、調査対象の全ヌクレオソームの約6.5%がH3K27me3を、2%がH3K4me3を有しており、その両方の標識を保有しているのはわずか0.5%であることが明らかとなりました。著者は、後者のサブセットが本当のBivalentであると結論づけました。さらに、そのようなヌクレオソームは予想されたとおり、分化した細胞ではあまり見られないということも分かりました。

加えて、活性エンハンサーの指標となるH3K27acや遺伝子間領域の指標となるH3K27me2など、多岐にわたる修飾の組み合わせを、抑制性マーカーであるH3K27me3および活性化マーカーであるH3K4me3と共にモニタリングしました。これにより、ES細胞およびそれらが分化した細胞 (肺線維芽細胞) のどちらのクロマチンも、H3K4me3とH3K27acという2つの活性化マークの組み合わせをかなりのレベルで持っていることが分かりました。しかし、Bivalentクロマチンを示したのはES細胞のみであり、著者らは、これがES細胞クロマチンの極めてダイナミックな性質に関係があるのではないかと推測しています。

2. Bivalentヌクレオソームは特定のがんで多く見られる

ES細胞において二価クロマチンを有するゲノム座位は、しばしばがん細胞では制御不全となっていることがこれまでに示されています。Shemaはそれを考慮に入れて、リンパ腫細胞株Karpas 422など数種類のがん細胞株の調査を行いました。Karpas 422細胞は、EZH2遺伝子の機能獲得変異を有しており、EZH2タンパク質の触媒活性が増強されて、H3K27のトリメチル化レベルが上昇しています。調査の結果、Karpas 422細胞のヌクレオソームを含むH3K4me3の50%がH3K27me3でも修飾を受けることが明らかとなりました。著者らは、二価ヌクレオソームの割合が、これら2つのマークのランダムまたは人工的な重複から予想される値よりも4倍大きいと推定しており、EZH2がH3K4me3を含むヌクレオソームを優先的にメチル化していることを示唆しています。そして、これを更に検証するために、Karpas 422細胞をEZH2阻害剤で処理してBivalentヌクレオソームの発生頻度を観察しました。その結果、Bivalentヌクレオソームの優先的な減少が観察され、さらに一分子アプローチでも検証されました。

3. クロマチンの調節剤が組み合わせヒストン標識の発生頻度に影響する:

HDAC阻害剤による処理は、H3K9acおよびH3K27acにおけるアセチル化レベルを、H3K4me3活性マークを持つヌクレオソームにおいて優先的に増加させ、これは活性プロモーターにおけるヒストンアセチル化の機能と一致します。ところが、p300ヒストンアセチルトランスフェラーゼ阻害剤は、H3K4me3ヌクレオソームに対して均一にアセチル化レベルを減少させており、プロモーター領域よりもむしろエンハンサー配列においてこの酵素の役割と一致します。

4. BivalentヌクレオソームからのDNAゲノムマッピング:

最後に、本研究では、Harrisらにより2008年に初めて報告された一本鎖DNAシーケンシングを用いて、個々のヌクレオソームに結合したDNAの配列を決定し、ゲノム内の特定の遺伝子座にマッピングしました。この研究では上述のように、TIRF顕微鏡を使用してES細胞の各ヌクレオソームの修飾状態を解読した後、酵素消化によるヒストン転置して二本鎖ヌクレオソームDNAを残しました。

シングル分子シーケンスでは、DNAポリメラーゼ、ポリ(A) テールが付加されたテンプレートのライブラリ、およびテンプレート捕捉とそれに続く短いリードの鋳型指向合成のためのプライマーとして使用されるポリ (dT) オリゴが利用されます。このシーケンス作業によって生成された26,000のH3K27me3陽性ヌクレオソームに対応するリードは、ChIPシーケンス (ChIP-seq) によってH3K27me3陽性として同定されたゲノム領域と相互参照されました。また、この読み取りデータのほぼ50%が、H3K27me3標識のChIP-seqにより同定されたゲノム領域に整列しているということが明らかになりました。およそ1,000のリードが、とりわけRunx1およびNkd1のような発生に関与する遺伝子に位置する二重のH3K27me3およびH3K4me3標識のヌクレオソームと一致することが初めて確認され、個々のBivalentヌクレオソームのゲノムアドレスに対する決定的証拠となっています。

結論:

一分子の解像度でクロマチン形成に関する理解を深めるために、プロテオミクスおよびゲノムアプローチを活用した研究が活発に行われています。

この研究の調査結果の多くは必ずしも新しい事柄ではありませんが、記述された知見は以前の報告で推測され仮定されたものであり、Shemaとその同僚はこれらの推測をハイスループットに、最小のインプット材料で定量的に検証する強力な方法を提唱しています。

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CSTリソース:

Cell Signaling Technologyは、多数のヒストン修飾を検出する抗体を提供しています。このいくつかは上の記事にも登場しています。

CSTの検証の原則に関してはヒストン修飾抗体のページをご覧ください。

その他のリソースもクロマチン/エピジェネティックスウェブページからご覧いただけます。

KARPAS細胞株は、ケンブリッジ大学のAbraham Karpas博士より譲与いただきました。

 

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