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脳内現象を可視化する

脳神経分野の研究では長い間、脳を解剖学的に解析する場合には、免疫組織化学染色で1度に1つの小切片をイメージングするのが一般的でした。ミクロン厚の切片を作成して固定、染色、イメージングし、最後にこれら全ての切片を繋ぎ合わせる行程は、特に巨大な組織では非常に大変な作業になります。しかし、無傷なマウスの脳を「見て」、特定の細胞を同定できる (つまり、切片の作成と、これらを繋ぎ合わせる作業を省略できる) としたら、どうでしょうか?

これを実現するには、いくつもの課題があります。組織レベル、分子レベルで構造を維持するには、臓器を十分かつ均一に固定する必要があります。固定後には、組織を十分に透過化し、抗体などの分子が臓器に完全に浸透するようにする必要があります。その後、構造全体を効率的かつ忠実にイメージングする必要があります。どうすれば、このような作業を完遂できるでしょうか?

全組織の透明化技術を使用します。私がこの技術を知ったのは2012年のことでした。私は神経生物学の研究で、標的タンパク質が細胞内あるいは脳組織のどこで、いつ発現しているのかを調べる場合に、免疫染色技術を利用していましたが、神経科学会の「Clarity:迅速な無傷の全脳イメージングと分子表現型解析」(1) と題されたポスターに興味を引かれました。神経科学者であれば誰でも、太字で強調した「無傷の全脳イメージング」という部分に興味を引かれると思います。

これは脳のイメージングの独自なアプローチで、「脳を完全に透明化する」というものでした。

元来、脳は不透明であり、深部のイメージングは困難です。このポスターの発表者らは、ハイドロゲルを用いて組織を固定することで組織を物理的に支持して分子構造を維持し、その後、膜脂質を除去するCLARITYと呼ばれる新技術でこの問題を解決していました。その結果、染色や標準的な共焦点顕微鏡観察に適した、完全に透明化された全脳サンプルができるという訳です。2013年には、このポスターの発表者らはScience誌の「本年のブレイクスルー」の表象を受けました。この年は、がん免疫療法のブレイクスルーが認められた年でもあります (2)。

この技術は直近の5年でさらに進歩し、現在はより一般的に「組織の透明化」として知られています。オリジナルのCLARITY法の限界を改善するため、iDisco、CUBIC、FRUIT、SHIELD/SWITCHなどの新技法が開発されています。より均一で素早い染色を実現するため、オリジナルプロトコールの長く複雑な作業時間や変性条件の改善が行われました。作業行程の一部の処理によって組織やタンパク質の構造変化が起こり、抗体を利用した染色 (エピトープの変性による) や、遺伝子工学的にコードしたGFPなど (蛍光色素分子の変性による) のシグナルが低下します。  

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

透明化し、β-Amyloid (D54D2) XP® Rabbit mAb #8243で染色した、アルツハイマー病モデルマウス脳の共焦点再構成イメージ。イメージはKwanghun Chung博士、Li-Huei Tsai博士のグループにご提供いただきました。

ごく最近、MITのKwanghun Chung博士の研究室が、SHIELD法を発表しました。これはポリエポキシド固定プロトコールを改善し、組織構造とGFPの蛍光をより忠実に維持する技法です。遺伝子工学的にGFPを利用する手法は、脳の細胞や構造を可視化するためによく利用されるため、これは大きな進歩と言えます。関連組織全体に抗体を均一に分散させ、ラベリング時間を短縮するアクティブラベリング処理ワークフローと組み合わせることで (https://lifecanvastech.com/tissue-processing-21st-century/を参照)、組織の透明化の信頼性、効率、柔軟性の向上が期待され、より特異性の高い生物学的知見を得られる可能性があります。

組織の透明化技術を利用することで、どのようなことが解るのでしょうか?特定の領域に関連した細胞の運命、解剖学的な回路を明らかにするための特定の細胞集団のマッピング、アーティファクトの無い無傷な脳におけるシナプス構造など、この技術で多くのことが解析できるようになりました。この技術は発生神経科学や基礎神経科学のみならず、アルツハイマー病 (AD) などの神経変性疾患の解析にも利用することができます。

ADの病理学的な特徴であるβ-アミロイド (Aβ) 斑や神経現繊維変化 (NFT) の動的な産生、進行、相互作用は、疾患の進行に寄与すると考えられています。それでは、どのように寄与しているのでしょうか?Aβ斑はどのようなタイプの細胞や構造と相互作用するのでしょうか?このような相互作用は、疾患の初期段階と後期段階では異なるのでしょうか?疾患は脳のある領域 (恐らくNFTが起こる脳の小領域) で始まり、これが定着して、その後脳全体に広がるのでしょうか?Aβ斑とNFTはどちらが先に形成されるのでしょうか?これは、疾患のステージや脳の領域によって異なるのでしょうか?

組織の透明化は、これらを解析するのに適した技術です。無傷のマウス脳でAβ沈着の全体像を調べることはできるでしょうか?答えは、イエスです。MITのLi Huei Tsai博士とKwanghun Chung博士の共同研究で、5XFADマウスの全脳を、CSTのβ-Amyloid (D54D2) XP® Rabbit mAbを用いて染色されています。SHIELD組織透明化技術とCST抗体を組み合わせ、脳全体のAβ斑の解析が行われました。この研究では、全脳組織の透明化技術とと抗β-アミロイド抗体 (D54D2) を用い、 γ波の刺激でAβ斑がマウスの全脳で減少する様子が観察されました (3、補足図S3および4を参照)。この結果はAD治療への応用が期待されています。

この技術の未来はどのようになると考えられるでしょうか?膨張顕微鏡法などを利用した、光回折の限界を超えた超微細解像度の解析 (4、5) は可能でしょうか?この技術で得られる膨大なデータを解析し、意味のある生物学的な知見を導き出すにはどうしたら良いでしょうか?LifeCanvas (https://lifecanvastech.com/) などの企業は、固定や染色を自動化する機器を開発し、この技術の拡大縮小や高速化に成功するでしょうか?エンドユーザーは、どの程度の抗体の最適化を期待しているでしょうか?また、抗体の最適化プロセスは標準化できるでしょうか?組織の透明化技術は脳以外の疾患、例えばがんの微小環境の特性の解析に利用できるでしょうか?この分野の成熟と共に、これらの課題へのアプローチがなされると考えられ、NIHによる、このような総体的な技術開発への年間4億ドルの投資 (6、NIH BRAIN initiativeを参照) は、脳内で起こる現象の解明に役立てられると期待されています。

神経変性の詳細はこちら

 

参考文献:

1  http://www.abstractsonline.com/Plan/ViewAbstract.aspx?sKey=b4200e23-ad5c-4c94-9c7e-bfd7369b0db6&cKey=88fb0d8a-4673-42ce-9acd-54f883fb1a2e&mKey=%7B70007181-01C9-4DE9-A0A2-EEBFA14CD9F1%7D
2  https://www.sciencemag.org/news/2013/12/sciences-top-10-breakthroughs-2013
3  https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867419301631?via%3Dihub
4  https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27454740
5  https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30573813
6  https://www.braininitiative.nih.gov/

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