COVID-19の流行による中止やオンライン開催が続いた3年間を経て、11月にサンディエゴで開催されたSociety of Neuroscience (SfN) Meeting 2022には、世界中からおよそ25,000人の神経科学者が参加しました。5日間にわたる年次大会では、参加者による最新の知見やツール、技術に関する情報共有が行われました。
私たちは神経科学者であるため、つながりを作ることの重要性 — リモートや仮想世界で、強固なネットワークを発達させることがいかに困難であるかを理解しています。本大会でも注目されている空間生物学や計算ゲノム学が、今もなお神経科学研究の最前線にあり続けていることや、対面式の開催に戻ったことにより、つながりやネットワークを構築する上での距離感の重要性を再認識することができました。
SfN2022のCell Signaling Technologyのブース
言うまでもありませんが、脳科学者仲間との再会、コンピューター画面越しではなく演壇を挟んでの最新のブレークスルーに関する情報の共有、研究者仲間とのより深く、より有意義かつ永続的なつながりの構築は、とても充実したものとなりました。
SfN 2022の要約:2022年の、アルツハイマー病の治療法を取り巻く様々なニュース
Biogen社とエーザイ社が、臨床第3相Clarityアルツハイマー病 (AD) 検証試験において、Lecanemabが有意に良好な結果を得たことを発表した直後の開催となった本大会は、とても意義深いものとなりました。本大会では、AD患者のアミロイド斑を除去し、認知機能の低下を遅らせることができるとされるこの有望な抗体医薬品に対して、一部ではやや慎重な意見もありました。神経科学者たちは、過去にAducanumabについてより大々的に同様の有望な発表を受けていましたが、Aducanumabは非常に大きな論争を引き起こし、最終的に開発が中止されています。
私は、この画期的な治療法の発表には楽観的な見方をしていますが、ADの細胞または分子レベルでの発症機序について、より深い理解を得なければ、本当の意味での前進はないのではないかと思います。新たなツールや技術、適切なモデルシステムなどが、この分野における新たな発見を加速することは間違いないでしょう。そして何より、脳のすべての細胞がどのように相互接続し、ネットワークを形成しているかを理解することが、AD研究における新たな発見を促す鍵であることに変わりはありません。
神経変性の特性:神経炎症
ADの原因となる神経変性の特性の1つに、神経炎症があります。神経炎症とは、疾患や損傷を受けたときにみられる、ミクログリアやアストロサイトなどのグリア細胞が活性化した状態を指します。これらの細胞がどのように疾患に寄与するかは現在、精力的に研究されており、SfNではこのプロセスに関する新たな興味深い知見が数多く報告されました。現在、最も注目されている話題に関する何百ものポスターや発表を要約することは難しいのですが、これらのうちの1つである「Alzheimer’s Disease:Glial Cells」のセッションでは、グリア細胞はどのような方法で神経細胞との関係性の変化を介して疾患の病理に寄与しているのかに着目していました。
ミクログリアは、シナプス刈り込み (synaptic pruning) として知られるプロセスにより、発達過程にみられる余剰な神経細胞のシナプスを除去します。しかしながら、このプロセスが疾患状態、特に発達過程におけるシナプス刈り込みが終了した後でも発生しうるのかについては、いまだにはっきりとは分かっていません。研究者たちは、グリア細胞が直接このプロセスに寄与すると推測していますが、特にヒトにおける証拠は乏しいままとなっています。
本大会では2つの独立したグループが、ヒトのADにおけるシナプスの喪失はグリア細胞を介して生じることを示唆する発表を行いました。UK Dementia Research InstituteのTara L. Spires-Jones博士のグループ (演者:M. Tzioras氏) と、マサチューセッツ総合病院のTeresa Gomez-Isla博士のグループ (演者:R.N. Taddei氏) は、死後のAD患者の脳組織の解析を行いました。シナプスタンパク質 (Synapsin Iなど) とグリア細胞マーカー (CD68やGFAPなど) を抗体を使用した共染色手法を用いて標識したところ、どちらのグループもヒトのAD患者のミクログリアでは、正常なサンプルと比較して、まるでグリア細胞がシナプスの破片を取り込んだかのような点状のシナプス (synaptic pancta) が増加しているという結果が得られました。
驚くべきことに、Spires-Jones博士のグループは、アストロサイトにもシナプスの破片が存在することを確認し、アストロサイトもシナプスの喪失が関連する疾患に寄与している可能性を初めて明らかにしました。またSpires-Jones博士は、単離したヒトの初代ミクログリアとアストロサイトを用いて、グリア細胞によるシナプスの取り込みと遺伝的危険因子には相関があることを明らかにし、これはMFG-E8依存的な取り込み機構である可能性を示唆しました。
Gomez-Isla博士のグループも、疾患状態のミクログリアとアストロサイトによる同様のシナプスの取り込みを観察し、さらに後期の病理学的マーカーが出現するはるか前に、アストロサイトがシナプス喪失を媒介するモデルを提唱しました。興味深いことに、Gomez-Isla博士は、脳などの解析対象となる組織を膨張させて物理的に拡大することにより組織の超高解像度のイメージングを可能にする、膨張顕微鏡法 (expansion microscopy) という新たな技術を用いていました。
膨張顕微鏡法は最新技術であり、ADの細胞および分子レベルの主要な機構に関する新たな発見を可能にするかもしれません。私は、新たな技術とツールの開発が科学の発見と進歩を可能にするだろうと、いつものように楽観的に捉えています。
アルツハイマー病研究のための新たなツール
Cell Signaling Technology (CST) は今年、ADの細胞および分子レベルの機構をよりよく理解するための新しいツールを紹介する2つのポスターを発表することができ、2022年はCSTにとって特別な年となりました。
ポスター:TREM2シグナル伝達経路の研究に役立つ抗体
まず、私の同僚であるJordan Hirschfeldが発表したポスターではTREM2 シグナル伝達経路の研究に用いることができる、抗体ベースのツールを開発したことを発表しました。TREM2はミクログリアに発現がする受容体タンパク質であり、遺伝的および機構的にADと関連しています。研究者たちは、TREM2をADの治療的介入の標的としていますが、TREM2の下流のシグナル伝達カスケードは完全には解明されていません。
弊社は、TREM2のモジュレーターを開発するためにTREM2の下流に存在する可能性があるシグナル伝達分子をスクリーニングし、TREM2シグナル伝達の指標を確立しました。すでに報告されているTREM2活性化抗体を用いて解析し、TREM2活性化の強固な指標としてPhospho-Syk (pSyk) を特定しました。さらに、弊社独自のTREM2活性化抗体を特定するため、ミクログリア様の不死化したヒトとマウスの細胞株を用いて、pSyk (活性化Syk) を誘導するTREM2の細胞外ドメインのライブラリーを標的としたラビットモノクローナル抗体のスクリーニングを行いました (図1)。
図1:抗ヒトTREM2リコンビナントモノクローナル抗体のライブラリーを作製し、pSykを指標として、in vitroにてTREM2を活性化する抗体のスクリーニングを行いました。
この戦略を用いて、様々なヒトおよびマウスのTREM2活性化モノクローナル抗体を特定しました。これらの指標やTREM2の活性化抗体といった両方のツールの開発により、ミクログリアをベースとしたADの治療標的に対する医薬品開発が促進されることでしょう。
ポスター:ミクログリアの活性化状態の特性解析を可能にする抗体
ミクログリアは、ADの発症と進行にどのように直接的または間接的に寄与するのでしょうか?この分野については、現在も精力的に研究が続けられています。過去5年間に行われた様々なRNA-seq研究により、ミクログリアは、疾患の状況に応じて異なる分子状態で存在することが明らかになりました。細胞のトランスクリプトームのプロファイリングは強力なツールではありますが、限界があります。例えば、RNAのプロファイルはミクログリアの機能を駆動させる最終的なタンパク質の発現と、正確に相関しているとは限りません。さらに、タンパク質発現の空間的な配置は、ミクログリアと疾患の関係を理解する上で重要な要素となります。例を挙げると、疾患に関連するRNA標的から翻訳されたタンパク質は、ミクログリアで同様の発現量の増加がみられるでしょうか?また、これらのタンパク質はADのアミロイドβ (Aβ) 斑のような疾患の病理学的特徴の近傍に配置されているでしょうか?
これらを調べるために、CSTは「Development of novel rabbit monoclonal antibodies to characterize microglial activation states in murine models of Alzheimer’s disease」と題した2つ目のポスターにて、疾患関連ミクログリアを検出することができる、タンパク質染色用に開発した抗体ベースのツールを発表しました。弊社は、タンパク質分解を担うリソソームに含まれる、アスパラギン酸プロテアーゼであるCathepsin Dの抗体のうちの1つに着目しました。ADのモデルマウスでは、Cathepsin Dをコードする遺伝子は転写が亢進されています。さらに、Cathepsin Dの抗体とマルチプレックス免疫蛍光染色法を用いてミクログリアを染色すると、Cathepsin D陽性ミクログリアがアミロイド斑を取り囲むように存在することが確認できました。これにより、この新たなツールは、アルツハイマー病の進行に直接的に寄与する活性化ミクログリアの標識に用いることができることが示唆されました。
図2:野生型マウス (A) とADのアミロイドモデルマウス (B) の脳組織をCathepsin D (E7Z4L) XP®Rabbit mAb #88239 (緑)、Iba1/AIF-1 (E4O4W) XP® Rabbit mAb (Alexa Fluor®® 647 Conjugate) #78060 (赤)、GFAP (シアン)、β-Amyloid (青) を用いて免疫蛍光染色し、共焦点顕微鏡で解析しました。
今後、複数の分子署名 (遺伝子発現パターン) のプロファイリングも可能となるでしょう。さらに、細胞機能と相関する細胞の形態を調べるための新しい技術も登場すると思います。
新たな知見や技術、ツールの探求は続く
重要な学会が開催されなかった3年間を経て、神経科学分野における新しい発見や知見、技術、ツールの探求について交流する機会を得たことを大変嬉しく思います。今、科学の世界はかつてないほど、私たちが想像もできないような方法でつながりあっています。神経細胞やグリア細胞などの非神経細胞が協調し、どのようにして複雑なヒトの行動や疾患を引き起こしているのか — SfNは、このような脳の面白さが集約された特別な学会です。
次回の開催が待ち遠しいです。2023年はワシントンD.C.でお会いしましょう!
追加リソース:
- Hallmarks of NeurodegenerationのeBookをダウンロードしてください
- CSTのTREM2シグナル伝達のインタラクティブパスウェイ図をご覧ください
サイエンティフィックマーケティングライターであり、CSTのブログマネージャーであるAlexandra Foleyが、本ブログ記事の執筆に協力しました。