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ApoE4とインスリン受容体 – アルツハイマー病と糖尿病との意外な関係

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代謝疾患である糖尿病と、神経変性症状であるアルツハイマー病 (AD) との間に関連性があると聞くと、驚かれるかもしれません。糖尿病は、インスリン産生が不十分であるため (I型) またはインスリン受容体 (IR) のシグナル伝達の変化 (II型) のためインスリンシグナル伝達が変化して起こる疾患です。表面上は関係のない疾患でも、ヒトのAPOE遺伝子のe4アレルは、ADの最も高い遺伝的リスクファクターなのです。

ApoE3 ApoE4 Akt Aging Alzheimer's Metabolism Insulin Diabetes

APOE遺伝子は、コレステロールの恒常性に不可欠な脂質運搬体であるApolipoprotein E (ApoE) をコードします。自然に生じるアレルの多様性により、3つのApoEアイソフォーム (E2、E3、E4) が発現します。ApoEタンパク質は1、2個のアミノ酸の違いで、有意にADのリスクを上昇させます。例えば、APOE4アレルは、より一般的なAPOE3アレルよりも高いリスクを伴います。APOE4キャリアでは、脳でのインスリンシグナリングとグルコース代謝の変化が観察されており、この事は糖尿病とADの関連メカニズムを考える手がかりを示唆しています。

最近Neuronに報告された論文で、ZhaoらはADのリスク遺伝子APOE4と代謝変化の間の、潜在的な機構の関連性を調べました。著者らは、マウスApoe遺伝子がヒトAPOE3APOE4に置換されたAPOEマウスモデルを使用しました。それぞれの遺伝型の脳ライセートの解析から、著者らは基本的なインスリンシグナリングにおいて、年齢依存的な変化を観察しました。すなわち、IRの下流因子である Akt (Ser473) やGSK3β (Ser9) のリン酸化状態の測定により、APOE4の老齢マウスではAPOE3に比較してIRシグナリングの低下が観察されることが明らかとなりました。これらの結果から、著者らは、ApoEがアイソフォーム依存的にインスリンシグナリングを直接変化させる可能性があると仮定しました。

この仮説に一致することとして、著者らは、インスリン依存的な細胞内シグナリングのApoEアイソフォーム依存的な変化を観察しました。APOE4マウスでは、インスリンに刺激されるリン酸化Aktが、APOE3マウスに比較して減少しました。Apoe -/-マウスに由来するニューロンの初代培養にApoE3もしくはApoE4のリコンビナントを添加し、インスリンの有無で比較した実験でも同様の結果が得られており、ApoEタンパク質がインスリンシグナリングを直接制御する可能性が示唆されました。これはなぜでしょう?

著者らは、ApoEがIRに直接結合する可能性を検証しました。リコンビナントタンパク質を用いたELISAアッセイを行った結果、ApoEのIRへの直接的な結合が観察されました。興味深いことに、ApoE4はApoE3に比較してIRへより強く結合することがわかりました。それでは、ApoE4依存的な下流のIRシグナリングの活性低下と、ApoE4とIRとの強い相互作用を結びつけるメカニズムはどのようなものが考えられるでしょうか?細胞表面に表出するIRは、循環しているインスリンレベルによって部分的に制御されています。興味深いことに、ApoE4処理により、細胞表面IRが全体的に減少します。さらに、ApoE4はインスリンと相乗的に作用し、ApoE3よりも細胞表面のIRを減少させました。重要なこととして、著者らは少なくとも培養細胞において、ApoE4特異的に初期エンドソームへIRが濃縮されることも観察していました。このことは、IRシグナリングを変化させるために、ApoEの特異的なアイソフォームが細胞内輸送機構へIRを捕捉させる何らかのメカニズムを示唆しています。

さらに、この論文では、特定のADに関連するApoEアイソフォームが、脳のインスリンシグナリングを障害し、病気の進行に寄与する新規のメカニズムについて記述・提案されています。しかしながら、いくつかの疑問が残ります。例えば、著者らはApoE4依存的なIRシグナリングの変化と、加齢によって促進されるIRの安定性へのApoE4の影響を観察しています。これらの変化は、ADマウスモデルにおいて観察される行動の変化や細胞の変化 (例えば、シナプスの機能不全) と相関があるのでしょうか?タイムラインの一致は、疾患への共通のパスウェイを示唆しているのかもしれません。さらに、IRパスウェイを活性化するような古典的な (急性の) インスリンが仲介するシグナルのエンドソームと、IRパスウェイを抑制するような慢性的なApoE/インスリンが仲介するIRのエンドソーム捕捉は、機構的な違いがあるのでしょうか?最後に、脳にあるある種の細胞は、他の細胞よりもIRシグナリングの変化に感受性が高いことも考えられます。今後の研究により、間違いなくこれらの見た目上は共通点のないパスウェイがひとまとめにされ、機構的な落とし穴であるADを理解するための道筋が明らかにされるでしょう。

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Richard Cho, PhD
Richard Cho, PhD
Richard Cho博士は、Cell Signaling Technolgyの神経科学部門のアソシエイトダイレクターです。ジョンズ・ホプキンス医学校とMITで教育を受けた神経生物学者です。CSTでは、神経科学ポートフォリオの開発と管理に携わっています。神経変性と神経炎症を調査するための抗体ベースツールの開発に、特に焦点を当てています。次回のSfNまたはAD/PDで皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

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