CSTブログ: Lab Expectations

Cell Signaling Technology (CST) の公式ブログでは、実験中に起こると予測される事象や実験のヒント、コツ、情報などを紹介します。

mRNAとタンパク質の発現は相関する?そうとは限りません

詳細を読む
投稿一覧

mRNAレベルは、タンパク質の発現量にどのくらい反映されるのでしょうか?それは場合によります。数十年もの間、科学者は、セントラルドグマのDNA、RNA、タンパク質の本質的なつながりを用い、トランスクリプトミクスのデータを基にタンパク質の発現量を推定してきました。その逆も然りです。しかし、この相関性は必ずしも成り立つものではないことが分かってきました。技術の進歩により、これらのつながりが、いかに希薄なものかが明らかになりつつあります。

研究者は今や、大量のインプットサンプルが提供される場合に、次世代シーケンシング (NGS) と質量分析 (MS) を用いて、ほぼ完全なゲノムシーケンシングや転写産物の定量、タンパク質のプロファイリングを行うことができます。大量サンプルを同時に検出および定量した複数の研究から、実際に、mRNAとタンパク質の相関性は異なる生物学的システムや細胞タイプにおいて非常に様々であるという結果が得られています1,2,3

その理由は、mRNAレベルとタンパク質発現に影響を及ぼす複雑な制御機構にあります。mRNAの発現や安定性、機能に影響を及ぼすプロセスには、クロマチン構造の制御や凝集体の形成、mRNAの修飾、転写因子の局在や活性の変化、DNAの修飾、mRNA-タンパク質相互作用、RNA干渉 (RNAi ) 経路などがあります。タンパク質レベルでは、翻訳の制御、タンパク質分解経路、様々な翻訳後修飾 (PTM) といったさらなるプロセスが存在します。

そのため、mRNAレベルとタンパク質の発現量が常に相関していなくても不思議ではありません。しかし、つい最近まで、シングルセルレベルでその違いを特定するのは不可能でした。

 より確実な解析:scRNA-Seqデータとシングルセルレベルのプロテオミクスデータの組み合わせ

シングルセルRNAシーケンシング技術は、細胞の多様性のマッピングだけでなく、シングルセルレベルでのトランスクリプトームとプロテオームの複雑な関係の解明にも役立っています。

例えば、CITE-seqなどの技術は、存在量の少ない、細胞表面タンパク質などの転写産物は正確に測定できないことが分かっています。CITE-seqは、バーコード標識抗体を用いて、シングルセルにおけるmRNAレベルと細胞表面のタンパク質の両方を測定します。しかし、抗体が細胞膜を貫通できないため、CITE-seqなどのアッセイはmRNAと細胞内のタンパク質を同時に検出することはできません。

関連ブログ:シングルセルレベルでRNAと細胞内シグナル伝達のデータを同時取得するのが困難な理由

しかし、1回のシングルセル実験でmRNA、細胞表面タンパク質、細胞内タンパク質、PTMを同時に定量できる新しい方法が登場しました。10x Genomics Chromium遺伝子発現プラットフォームで逆転写ベースのscRNAシーケンシングを行うInTraSeq™アッセイにより、研究者は細胞の状態とシグナル伝達イベントを、RNAのみの検出に比べて、より包括的に理解できます。

初めての知見:シングルセルレベルでのシグナル伝達からどのような知見が得られるのか?

ここで、mRNAレベルとタンパク質発現の違いに非常に大きな生物学的意義が示唆される、将来的に治療につながる可能性がある、CSTの研究者による初期の研究をまとめた例を紹介します。

免疫細胞の局在

InTraSeqアッセイを用いた末梢血液単球細胞 (PBMC) の最新の解析により、CSTの科学者は、一般的に使用される細胞タイプマーカーは、転写レベルよりもタンパク質発現量の方がより正確な結果を示すことが分かりました。図1から、CD19、CD8、CD4のタンパク質発現量と転写レベルは、PBMCの亜集団内で明らかに異なるパターンを示すことが分かります。

免疫細胞内のタンパク質vs mRNAレベル図1:InTraSeq技術を用いて、PBMCにおけるCD19、CD8、CD4の各細胞タイプマーカーのタンパク質発現量およびmRNAレベルを定量しました。

今回の解析では、CD4のタンパク質がRNAとは異なる局在パターンを示していることが分かります。一方、細胞障害性T細胞マーカーのCD8とB細胞マーカーのCD19におけるRNAレベルおよびタンパク質発現は、一貫性のある結果を示しています。これらの結果から、mRNAとタンパク質の相関性は細胞タイプにより異なること、そしてタンパク質マーカーはRNAのみの解析よりも細胞の不均一性をより正確に示すことが分かります。

転写因子の発現

転写因子は、タンパク質の発現量の方がより正確な結果を示す、もう1つの重要な例となります。例えば、図2に示すように、CD8陽性T細胞を遺伝子発現に基づいてサブクラスタリングする際、Th1 T細胞系の発達を促す重要な転写因子TBX21 (またはT-Bet) のタンパク質発現は、mRNAレベルよりも明確にメモリー/エフェクターT細胞の亜集団と関連しています。

転写因子TBX21のmRNAレベルvsタンパク質レベル図2: 単離したCD8陽性T細胞をInTraSeq細胞内抗体を用いて解析し、転写因子TBX21のタンパク質発現量とmRNAレベルと特定しました。左上図は、TBX21 RNAのFeaturePlot、右上図はT-bet/TBX21 (D6N8B) XP® Rabbit mAb (InTraSeq™ 3' Conjugate 3009) #57412を用いて取得したタンパク質発現のFeaturePlotを示しています。下に、アノテーションしたCD8陽性集団Uniform Manifold Approximation and Projection (UMAP) を示しています。

これらの結果から、RNA転写後の調節プロセスが、CD8陽性メモリー/エフェクター様T細胞におけるTBX21タンパク質の発現量に影響を与えていると考えられます。これは、RNA転写産物のみの測定では知り得なかったことです。シングルセルレベルでのタンパク質データを取得することにより、研究者は、TBX21などの転写因子の発現量と最も相関するmRNAマーカーを特定し、それらの制御下にある潜在的な遺伝子を明らかにすることにより、免疫細胞の分化と機能に関するより深い知見が得られます。

 

シングルセルレベルのシグナル伝達とPTM

また、InTraSeqアッセイは、mRNAとタンパク質レベルの相関性が特に低い事例を発見することもできます。例えば、CSTの科学者は、mRNAレベルを揃えたサンプルにおけるInTraSeqで定量したタンパク質とPTMの発現量を比較することにより、これらの発現量とmRNAレベルの相関性はPhospho-S6 Ribosomal Protein (Ser235/236) とPhospho-CREB (Ser133) で著しく低いことを見つけました。mRNAとタンパク質の相関

図3:InTraSeqで取得したデータにおける、mRNAと様々なタンパク質およびPTMとの相関性を示しています。

また、より詳細な解析により、タンパク質上の翻訳後修飾 (PTM) の発現レベルに重要な違いがあることが分かりました。例えば、STAT3のmRNAはCD4陽性T細胞集団では散在的かつ広範囲に検出されたのに対し、リン酸化STAT (STAT3 Y705およびSTAT3 S727) は、明確な発現パターンを示しました (図4)。

InTraSeq_CD4_CD8_Phosphorylated stat3-1

図4: CD4陽性T細胞集団におけるSTAT3のmRNA、リン酸化STAT3 (Y705)、STAT3 (S727) の相関性を示しています。

細胞による制御の理解:mRNAレベル ≠ タンパク質の発現量

mRNAレベルとタンパク質の発現量を同時解析することにより、何が分かるでしょうか?ここで紹介したInTraSeq PBMCデータセットは、mRNAとタンパク質、PTMをシングルセルレベルで同時解析することの重要性と有用性を示しています。InTraSeqを用いてタンパク質量を測定することにより、検出の感度が向上し、さらにトランスクリプトーム解析のみでは得られない細胞亜集団や活性化経路、翻訳後修飾 (PTM) に関する新たな生物学的知見を取得できます。

ブログ:検証データを紹介:トランスクリプトームやプロテオーム、細胞内相互作用データの同時取得を可能にするInTraSeq™

InTraSeq技術は、経時的な治療応答のモニタリングなどの動的かつ不均一なプロセスに関する新たな知見の取得を促進する可能性を秘めています。また、この技術は、細胞内シグナル伝達イベント、特に転写のリプログラミングにおけるPTMの役割に関するより正確なデータの取得を可能にし、細胞分化および調節ネットワークに対する理解を一変するかもしれません。 


InTraSeq技術に関する詳細はこちら:

 

 

参考文献

  1. Upadhya SR, Ryan CJ. Experimental reproducibility limits the correlation between mRNA and protein abundances in tumor proteomic profiles. Cell Rep Methods. 2022;2(9):100288. Published 2022 Sep 8. doi:10.1016/j.crmeth.2022.100288
  2. Tasaki, S., Xu, J., Avey, D. R., Johnson, L., Petyuk, V. A., Dawe, R. J., Bennett, D. A., Wang, Y., & Gaiteri, C. (2022). Inferring protein expression changes from mRNA in Alzheimer’s dementia using deep neural networks. Nature Communications, 13(1), 1-15. https://doi.org/10.1038/s41467-022-28280-1
  3. Liu Y, Beyer A, Aebersold R. On the Dependency of Cellular Protein Levels on mRNA Abundance. Cell. 2016;165(3):535-550. doi:10.1016/j.cell.2016.03.014
24-ISQ-93200
Tyler Levy
Tyler Levy
Tyler LevyはCSTの上級サイエンティストです。モノクローナル抗体の発見及び特性評価のための新しい技術や方法を評価し、CSTの抗体開発パイプラインの向上に取り組んでいます。

最近の投稿

mRNAとタンパク質の発現は相関する?そうとは限りません

mRNAレベルは、タンパク質の発現量にどのくらい反映されるのでしょうか?それは場合によります。数十年もの間...
Tyler Levy2025年4月23日

固形がんにおけるCAR改変細胞の空間的な知見の取得:抗体ベースのCAR検出法

キメラ抗原受容体 (CAR) 細胞療法は、B細胞性白血病やリンパ腫などの血液がんに対して驚異的な...
Amrik Singh, PhD2025年4月16日

Baxに要注意:不確かな抗体がもたらす数百万ドルもの損失

科学は、先行研究によって築かれた基礎をもとに、新しい発見を積み重ねていく連携作業です。しかし、その…
Alexandra Foley2025年4月9日
Powered by Translations.com GlobalLink Web SoftwarePowered by GlobalLink Web