ここ数年、免疫腫瘍学の分野ではいくつかのブレイクスルーが起きています。体の免疫系を利用してがんと闘わせる治療法は、以前は単なる夢物語でしたが、現在は創薬の限りない可能性を提供するものへと進化しました。なかでも、治療用モノクローナル抗体は免疫治療革命の最前線に位置しており、そのいくつかは、アメリカ食品医薬品局 (Food and Drug Administration; FDA) の承認を得て実際にがん治療に利用されています。有望な治療標的として注目されている腫瘍関連抗原の一つに、GPNMB (Glycoprotein nonmetastatic melanoma protein B) があります。GPNMBの過剰発現は、トリプルネガティブ (HER2-、PR-、ER-) 転移性乳がん (TNBC) をはじめとする、遊走や浸潤、血管新生の亢進といった表現型が観察される複数の固形腫瘍タイプで報告されています。他の多くの腫瘍関連抗原と同様に、GPNMBは正常細胞でも発現しており、免疫および中枢神経系で役割を果たしています。GPNMBは正常細胞での発現レベルは低い一方で、腫瘍細胞の表面では発現レベルが亢進しています。このことから、GPNMBは潜在的な予測バイオマーカーとして (1)、また、抗体創薬の興味深い標的として位置付けられています。
現在、病院で使用されているモノクローナル抗体には様々な種類があります。非標識またはNaked (ハダカの) 治療用モノクローナル抗体は、抗体に放射性物質や薬物は結合しておらず、腫瘍細胞上の抗原を選択的に認識するようにデザインされています。Naked抗体は、抗体依存性細胞傷害 (ADCC) や補体依存性細胞傷害 (CDC) などの、複数の免疫介在性メカニズムを介して標的細胞を減少させることにより病巣を部分的に消失させることができます。しかし、その大半において効力は限定的で、臨床で期待されたほどの効果は得られていませんでした。
こうした状況を受け、異なる作用機序を有する新たな治療用モノクローナル抗体を設計しようと、精力的な研究が進められてきました。抗がん剤や放射性粒子を結合させたモノクローナル抗体は抗体薬物複合体 (ADCs) と呼ばれ、独自の免疫治療薬のカテゴリーとして分類されます。ADCsは、モノクローナル抗体の特異性と化学療法の強力な細胞毒性効果を相乗的に組み合わせた治療薬です。効果的なADCは、標的抗原を細胞表面に発現する腫瘍細胞に細胞毒性複合体を送り込む一方で、健常な細胞組織は無傷のまま残します。
ヒト卵巣明細胞がんパラフィン包埋サンプルをGPNMB (E4D7P) XP® Rabbit mAb #3813を用いて免疫組織化学染色し、解析しました。
GPNMBを標的とするADCである「Glembatumumab vedotin (Glemba)」は、GPNMBを過剰発現するTNBCの治療のために開発されました。抗体は、酵素切断リンカーを介して細胞傷害性モノメチルオーリスタチンE (MMAE) と結合しており、血流中では安定となるようにデザインされています。GPNMBを発現する細胞表面に結合した後に、GPNMB-ADC複合体が細胞内に取り込まれると、MMAEとの結合が切断されMMAE「弾頭」が腫瘍に運ばれます。MMAEは典型的な抗がん剤であるビンブラスチンと同様の作用機序を有し、さらに向上した親和性と細胞傷害性 (2, 3) によって、微小管細胞骨格を不安定化して阻害することにより細胞周期を停止させます。
パスウェイ図: 微小管動態の制御
FDAによるファストトラック指定を受け、Glembaは分子標的治療法が存在しない悪性疾患であるGPNMB過剰発現TNBCの新しい単剤治療の選択肢として、臨床で大いに期待されています (3)。TNBC患者のアンメットニーズに合致するのではないかという期待から、現在、転移性黒色腫や扁平上皮細胞肺がんなど、他のタイプの固形腫瘍でもGlembaの評価が行われています。
参考文献