2012年、Rouxらは核ラミナを構成するタンパク質であるLaA (ラミンA) の相互作用物質を特定する先駆的な手法を、Journal of Cell Biology誌に投稿しました。大腸菌由来のタンパク質であるBirA (ビオチンリガーゼ)とLaAを融合し、細胞内で発現させることにより、細胞内のLaAの近傍に存在するタンパク質をビオチン化することができる新しい手法です。ストレプトアビジンを固定化したビーズを用いてビオチン化されたタンパク質を回収し、その後、トリプシンを用いてビーズを切り離します。得られたペプチドは、質量分析により同定します。このような近接依存性標識法は、高等真核生物や異種移植片、トキソプラズマなどの寄生虫、顕花植物に由来する細胞や組織の研究に用いられ、今までに7,000本以上の論文が投稿されています。
しかし、ストレプトアビジンとビオチンは共有結合に近い親和性をもつため (KD 約10-14 M)、ビオチン化されたペプチドや修飾部位はビーズと強く結合したままとなっています。ビオチン化されたペプチドそのものを同定することができない場合、トリプシンにより消化された目的のタンパク質は、非特異的に結合したタンパク質などのバックグラウンドと混同しやすくなり、データの解析がより難しくなることがあります。ビオチン化された部位を同定できる近接依存性標識法であれば、相互作用の部位を明らかにすることができます。
科学者たちは濃縮に成功したペプチドの解析に多大な労力を費やしていたため、ブロード研究所やCell Signaling Technology®︎ (CST®︎) の科学者たちは、ビオチン化されたペプチドの回収率を大幅に向上させる新しい手法の開発を試みました。彼らは抗体を用いた免疫濃縮の技術と、革新的な溶出条件を組み合わせることで、ビオチン化されたペプチドを効率よく回収できる手法を確立しました。
2017年、Udeshiらは、近接依存性標識法によりビオチン化されたペプチドを、抗体を用いて特異的に濃縮し質量分析により同定する手法をNature Methods誌 (Nature Methods volume 14, pages 1167–1170) に投稿しました。ブロード研究所のCarr研究室によるこの新しい手法により、ビオチン化された部位の同定は、従来のストレプトアビジンが固定化されたビーズを用いる手法に比べて、30倍以上に改善されました。
一方、CSTの科学者たちは、PTM (翻訳後修飾) 特異的抗体を用いた濃縮試薬の開発経験を活かし、独自の抗ビオチンラビットモノクローナル抗体を開発しました。
その後、CSTの科学者たちはブロード研究所のCarr研究室の科学者と協力し、このCST独自の抗ビオチン抗体を用いることで、ビオチン化されたペプチドの捕捉や溶出、質量分析による同定がさらに改善できることを実証しました。2019年に行われたASMS (米国質量分析学会) 年次総会のポスター発表では、2つのグループが、ビオチン化されたペプチドの同定数、濃縮の特異性においてCST抗ビオチン抗体が他の市販されているどの抗体よりも優れていることを明らかにしました。具体的には、CST抗ビオチン抗体は4,000以上のビオチン化されたペプチドを回収することができる一方で、最も近い競合他社の回収できたペプチドは800ほどであり、その特異性は40%対17%と2倍以上高いことが示されました。これらの発表では、高感度かつ特異的な抗体と革新的な溶出条件の組み合わせが、「PTMとその生物学的意義の研究における確固たる戦略」の開発に大きく貢献したとまとめられています。