近年のシーケンシングや質量分析、蛍光顕微鏡、空間生物学の進歩により、組織内における遺伝子やタンパク質の元来の配置の調査が可能となり、細胞内での近接性の謎や、それらが個々の細胞の挙動に与える影響の解明が進んでいます。単一の組織サンプルから得られるデータの量と種類の劇的な増加により、細胞内での近接性や組織化、シグナル伝達イベントのタイミング間の、複雑で常に進化する関係が疾患の進行と治療への応答性にどのように影響しているかについての知見が明らかになりつつあります。
研究者は、複雑な生物学的疑問への答えを迅速に得るために、どのようにして空間生物学をより効果的に活用できるでしょうか?CSTが提供する、新たな空間生物学技術であるSignalStar Multiplex IHCは、マルチプレックス免疫組織化学染色 (mIHC) 実験用の柔軟かつすぐに使用可能な抗体パネルを用いることにより、アッセイの設計からデータの取得までにかかる時間を劇的に短縮します。ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織で最大8種類の標的の発現を調査できる、検証済みのプロトコールと最適化された試薬により、研究者は他のmIHC法と比べてサンプルからイメージングまでにかかる時間を最大70%短縮しつつ、重要な空間生物学のデータを作成することができます。
空間生物学研究にマルチプレックス免疫組織化学染色を用いる理由
マルチプレックスIHCは、強力で汎用性のある空間生物学用のツールであり、単一の組織サンプルにおいて複数のタンパク質を標識することにより、研究者は幅広い様々な疑問に対する答えを取得できます。この技術は、限られたFFPE組織から得られるデータの最大化に理想的な技術であり、複数の標的の空間的配置と発現パターンの変化の詳細なマップを作成できます (図1)。
図1:ヒト胃腺がん組織における複数のタンパク質をSignalStar Multiplex IHCで解析しました。染色は、Leica Biosystems社のBOND RX Fully Automated Research Stainerで行いました。
RNA解析は、遺伝子発現に関する情報を得ることはできても、リン酸化やグリコシル化、アセチル化といった翻訳後修飾 (PTM) を検出することはできません。マルチプレックスIHCは、複数のPTMとその空間的配置を同時に同定することにより、これらの問題を克服し、バイオマーカーとの共発現パターンの解明や基礎生物学のより包括的な理解に役立ちます。
mIHCを活用する空間生物学のアプリケーションは、特にがん微小環境 (TME) の理解に有用です。より詳細を述べると、組織がどのように構築され、腫瘍の近傍の個々の細胞がどのように疾患の進行に影響するかの理解において、特に役立つことが分かっています。空間生物学は、がん研究者に以下の知見を提供することができます:
- 周囲の組織と比べて、腫瘍に遺伝子とタンパク質の発現における不均一性がみられるか?
- TME中に、どの免疫細胞が存在しているか?腫瘍および周囲の組織に同一の免疫細胞が存在するか、またはそれらは腫瘍に特異的なのか?
- 免疫細胞が疲弊状態にあるのか、それらの細胞はがんに応答するための抗原刺激を受けているか?
これらの問いは、mIHCと様々な空間生物学的手法を組み合わせることにより答えを得ることができます。得られた答えは、がん免疫療法に対する患者の反応の予測に関連し、将来的な個別化医療の実現に役立ちます。
しかし、現在の空間生物学用の多くのイメージング法は、アッセイの設計や抗体パネルの構築、最適化、検証および解析を必要とする時間がかかる手法であるため、解明の進展が限られています。従来のmIHC解析のうちのいくつかは、異なる宿主種で開発された一次抗体を用いるため、各一次抗体に固有の二次抗体検出システムを必要とします。そのため、同時に標識できるマーカーの数が限られる、または交差性やバックグラウンドノイズの問題につながるなどにより、信頼性と正確性のある結果の取得が困難になります。
さらに、染色方法に伴うチラミドシグナル増幅 (TSA) などの代替的な染色法では、以下のような課題があります:
- 長いプロトコール時間:各抗体を1種類ずつ加える必要があり、すべての試薬についての相対的なタイトレーションを行わなければなりません。
- 抗体を用いた繰り返し染色: 抗体を用いた繰り返し染色が必要であるため、エピトープの損失や組織の分解につながり、データの質が低下します。
- 順番の最適化: 抗体の添加とイメージングの順番を最適化する必要があり、抗体パネルが変化するごとに改めて時間がかかる最適化のプロセスが必要になります。
- チロシン沈着:抗体とチラミドの染色サイクルごとに、利用可能なチロシン残基が減少し、後続する抗体のさらなる蛍光色素の沈着が阻害され、シグナルの損失をもたらす可能性があります。
多くの研究者が、これらの課題を克服するために、パネルの設計や最適化、抗体パネルの検証に数週間から数か月といった多大な時間を費やしています。新たな標的が同定される、または研究の目的が変化した際に、この最適化と検証のプロセスが再び必要になります。研究者が使用を予定しているアプリケーションで検証されていない抗体を活用する、またはシグナルの増幅を試みる際にも、困難が生じます。
アッセイの結果は、使用する抗体に左右されます。効果のない試薬は、貴重な組織サンプルの浪費を招く可能性があります。
SignalStar Multiplex IHC技術は、カスタム可能で柔軟性のある、すぐに使用可能な高度に検証された抗体パネルにより、これらの障害を取り除きます。
空間生物学の革命:SignalStar技術の仕組み
SignalStar Multiplex IHCは、柔軟性のある高度に検証された抗体パネルを用いて、FFPE組織において最大8種類の標的を同時に標識する、ハイスループットなマルチプレックスIHCアッセイを用いた空間生物学研究用の新しい技術です。最適化済みのすぐに使用可能なパネルは、標的の細胞内での存在や局在、機能、バイオマーカーとの共発現パターンの調査に使用できます。
この技術は、オリゴヌクレオチドと蛍光色素の組み合わせを用いて抗体のシグナルを増幅するするため、発現レベルが低い標的であっても検出できます。 SignalStar Multiplex IHCパネルビルダーを用いることにより、研究者は、IHC検証済み抗体のリストから標的を選び、限られた貴重なFFPEサンプルを躊躇うことなく解析できます。また、SignalStarに用いる抗体と蛍光色素は互換性があるため、研究ニーズの変化や進展、または新たな標的を同定した際に、パネルまたはプロトコールの追加の最適化を行うことなく標的を変更し、迅速にパネルを再設計できます。
パラフィン包埋ヒト肺上皮性悪性腫瘍組織を、CD3ε (D7A6E™) & CO-0001-488 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #92856 (緑)、PD-L1 (E1L3N®) & CO-0005-594 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #28249 (黄)、PD-1 (Intracellular Domain) (D4W2J) & CO-0008-647 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #56837 (赤)、Pan-Keratin (C11) & CO-0003-750 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #97227 (シアン)、TIM-3 (D5D5R™) & CO-00010-488 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #81365 (ピンク)、LAG3 (D2G4O™) & CO-0026-594 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #34308 (オレンジ)、Tox/Tox2 (E6I3Q) & CO-0016-647 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #67341 (マゼンタ)、CD8α (D8A8Y) & CO-0004-750 SignalStar™ Oligo-Antibody Pair #62750 (白)、およびProLong Gold Antifade Reagent with DAPI #8961 (青) を用いてSignalStar™マルチプレックス免疫組織化学染色し解析しました。すべての蛍光色素に対し、記載した疑似カラーを割り当てています。染色は、Leica Biosystems社のBOND RX自動染色装置で行いました。
この技術を活用することにより、他の従来のmIHC法よりも所要時間を最大70%短縮し、空間生物学のデータを数週間や数か月ではなく、数日で取得できます。
パンフレットをダウンロードして、SignalStarを用いて空間生物学研究を加速する方法のさらなる詳細をご覧ください。
サイエンティフィックマーケティングライターであり、CSTのブログマネージャーであるAlexandra Foleyが、本ブログ記事の執筆に協力しました。3-ETC-78401