最近、Cell誌に掲載された論文で、Prentzellらは約30種類のCell Signaling Technology® (CST®) 抗体を用い、G3BP1 (Ras GTPase-activating protein-binding protein 1) とG3BP2の解析を行っています。これらのタンパク質はストレス顆粒 (SG) のマーカーとして広く利用されています。ストレス顆粒は、不利な環境下で細胞質に形成されるのmRNAとタンパク質の複合体で、タンパク質合成を抑えて細胞の生存を促進する機能を持っています。
この研究の成果で、G3BPがTSC (Tuberous sclerosis complex) 複合体をリソソームにつなぎ止め、mTORC1 (mechanistic target of rapamycin complex 1) によるシグナル伝達を抑制することが分かってきました。 mTORC1の過剰な活性化は、細胞の過剰増殖、移動、神経細胞の興奮などを特徴とする疾患に関与しており、この発見は重要であると言えます。このため、G3BPはがんや神経疾患の重要な治療標的となる可能性があります。
CST抗体は全て、 Hallmarks of Antibody Validation™ (抗体検証における戦略) に基づいて厳密に検証されているため、明確な結果を効率的に得ることができます。G3BPとTSC複合体との物理的な相互作用の確認や、mTORC1シグナル伝達の解析においても、この成果がみられた形になります。
G3BP1はSGとは無関係に細胞内でmTORC1を阻害する
SGはmTORC1を阻害することが知られていますが、このプロセスへのG3BP1の関与はこれまで明らかにされていませんでした。そこでまず、著者らはMCF-7細胞を亜ヒ酸塩で処理してSGを誘導した場合と、SGを形成しない条件で培養した場合で、mTORC1活性を比較しました。
この結果、予想通り、亜ヒ酸塩処理によってmTORC1のリン酸化基質であるRPS6KB1 (Ribosomal protein S6 kinase B1) のT389のリン酸化 (RPS6KB1-pT389) が増強されました。しかし、G3BP1をノックダウンした細胞で、亜ヒ酸塩処理 によるRPS6KB1-pT389レベルに影響がみられず、G3BP1はSGを形成した細胞のmTORC1活性に影響しないことが明らかになりました。
この他のデータとも組み合わせ、G3BP1によるmTORC1の阻害はSGとは無関係に起こり、G3BP1はSGの中心的な構成成分であることとは別に、他の機能を持つことが示唆されました。
G3BPはリソソーム表面に存在する
一連の研究により、G3BP1ノックアウト細胞でG3BP2はRPS6KB1-T389の高リン酸化を抑制しないことが分かり、SGの形成においてはG3BP1をG3BP2で代用することができるものの、G3BP1の欠損をG3BP2で完全に代償できるわけではないことが明らかになりました。この結果はG3BPがヘテロ複合体を形成することを示唆しており、G3BPがmTORC1を阻害する細胞内区画を特定する研究が進められました。
G3BP1とG3BP2は、TSC1、TSC2、TBC1D7からなるTSC複合体と同じ分画、すなわちリソソーム分画に存在することが示されました。これらの分画を調べると、G3BPはLAMP1 (Lysosomal associated membrane protein 1) タンパク質に近接して局在していることが明らかになりました。しかし、リソソームサンプルをトリプシンプロテアーゼで処理すると、主に内腔側のタンパク質であるLAMP1は分解されず、G3BPとTSC複合体は分解されてしまい、G3BPはTSC複合体とともにリソソーム表面に存在していることが示唆されました。
さらに、共免疫沈降法 (co-IP) やPLA (Proximity ligation assay) による解析で、G3BPとTSC複合体の物理的な相互作用が明らかになりました。重要なのは、G3BP1をノックアウトした細胞は、TSC2を欠損した細胞と同様の表現型を示すことで、飢餓状態に陥ると肥大化し、 mTORのリソソームへの局在化が促進されます。
G3BP1はTSC複合体を介してmTORC1を抑制する
G3BP1とTSC複合体が相互作用することから、TSC2の存在下と非存在下で、G3BP1の阻害がmTORC1活性に及ぼす影響が調べられました。コントロール細胞ではG3BP1の阻害によりRPS6KB1-pT389の誘導がみられるのに対し、TSC複合体を欠損するTSC2ノックアウト細胞では同様の結果がみられませんでした。これらの結果から、G3BP1とTSC複合体が同じ経路でmTORC1を抑制し、G3BP1がTSC複合体をリソソームにつなぎ止めていることが示唆されました。
治療的介入におけるG3BP1の標的化
G3BP1はmTORC1の過剰な活性化を特徴とする疾患の治療への応用の可能性を秘めています。今回の論文で、乳がん患者の無再発生存期間 (RFS) は、G3BP1のmRNAまたはタンパク質レベルが中央値以下の場合に短くなることが指摘されており、TSC1またはTSC2が低い患者のRFSが短いことと一致しています。このため、G3BP1を利用することで転移や腫瘍の成長の抑制し、患者の生存率を高められる可能性があります。
さらに 今回の論文で、ゼブラフィッシュのG3bp1を阻害してRibosomal protein s6のSer235/236のリン酸化 (Rps6-pS235/236) ) を解析し、mTORC1の活性が増強することを示しています。このような阻害がin vivoで起こるのであれば、Tsc2の欠損によるmTORC1依存的な脳機能への影響と同様、神経系の発生と活動におけるG3bp1の重要な役割が浮き彫りになります。
G3BPの研究にどのようにCST抗体を用いたのか、また、どのようにしてこのタンパク質ががんや神経疾患の治療の標的になり得ることを明らかにしたのか、こちらから論文の全文をご覧いただけます。