CSTブログ: Lab Expectations

Cell Signaling Technology (CST) の公式ブログでは、実験中に起こると予測される事象や実験のヒント、コツ、情報などを紹介します。

Baxに要注意:不確かな抗体がもたらす数百万ドルもの損失

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科学は、先行研究によって築かれた基礎をもとに、新しい発見を積み重ねていく連携作業です。しかし、その科学的な基礎の一部に誤ったデータが含まれていたら、どうなるでしょうか?

Entrop氏らにより発表された最新のNature誌の論文は、数十年にわたり市場に広く普及しているモノクローナル抗体を用いた、1,500報を超える論文の信憑性に疑問を投げかけており、科学コミュニティに波紋が広がっています。著者らはこの論文の中で、Bax (Bcl-2-associated X protein) を検出するように設計された抗体が、厳密な検証の結果、Baxと同じ分子量を持つBaxではない非特異的なタンパク質と結合していることが実証されたと報告しています。

由々しきことに、この問題が発表されてから4か月経った2025年4月にも、この抗体は購入可能であり、星4.6/5の高評価がついています。

欠陥のあるBax抗体:この極めて重要なタンパク質の科学的理解は正しいのか?

Baxは、アポトーシスによる細胞死を制御する重要な役割を担うため、神経疾患やがん、自己免疫疾患や炎症性疾患、新血管疾患などの幅広い疾患に関与していると考えられています。

おそらく、多くの研究者は、これらの疾患においてBaxがどのように機能するのかについて、すでにある程度解明されていると考えています。しかし、Baxの測定に使用された一部の抗体は、全く異なるタンパク質に結合している可能性が高く、Baxに対する理解のいくつかは正しくないかもしれません。

「Why Bax detection in >1400 publications might be flawed」の著者であるKristin Entrop氏、Senait Wieske氏、Markus Rehm氏は、Santa Cruz Biotechnology社が提供する試薬Bax Antibody (B-9):sc-7480 (以下「Santa Cruz抗体」) が、Baxノックアウト細胞およびBax欠損細胞の免疫ブロッティングにおいて、Baxと想定される分子量を示す偽陽性シグナルを示し、免疫蛍光染色ベースのBaxの発現の検出においても偽陽性シグナルを示したことを報告しています。 

Santa Cruz (B-9) sc-7480とCST Bax Antibody #2772の比較図1: 親細胞株とBax欠損細胞株の全細胞ライセートのウェスタンブロットで得られたシグナルを示しています。ローディングコントロールとしてGAPDHを使用しました。(図の引用元:Entrop, K. et al, Why Bax detection in >1400 publications might be flawed. Cell Death & Disease (2024), Published under CC by 4.0.)

Entrop氏らは、同論文の中で、Cell Signaling Technologyが提供するBax Antibody #2772 は上記の抗体とは対照的に、Bax欠損細胞株におけるBax発現の消失を明確に検出できたことを報告しています (上図1)。

また、siRNAを用いたウェスタンブロット実験により、Santa Cruz抗体はBaxとほぼ同じ分子量 (25kDa弱) の非特異的なタンパク質を誤って検出するだけではなく、実際にはBaxをまったく検出できていない (25kDa近辺のバンドに、Baxと非特異的タンパク質の2種類のシグナルが存在しているわけではない) ことが分かりました。詳細なデータは、Entrop氏の論文をご覧ください。

アポトーシスにおけるBaxの役割

Baxは、損傷した細胞または疾患状態の細胞を排除するための、プログラムされた細胞死であるアポトーシスを誘導する主要な制御因子です。細胞がストレスに晒されると、Bacは細胞質からミトコンドリアに移行し、ミトコンドリア外膜での孔 (ポア) の形成をサポートします。これにより、Cytochrome cや他のアポトーシス誘導因子が放出され、カスパーゼの活性化と細胞死が引き起こされます。

Baxのミトコンドリアへの移行によるアポトーシスの誘導

アポトーシス制御を網羅するパスウェイ図をご覧になり、アポトーシスにおけるBaxの役割をより詳しく確認してください。 

Baxは、特にがん研究と関連性が深く、がんでは腫瘍抑制性因子として機能します。また、がんだけではなく、神経細胞の喪失を招く神経変性疾患などの研究においても過剰なアポトーシスが注目されています。

CSTは、信頼性できる以下の抗体を提供しています:

「アポトーシスにおけるBaxの役割を調べる研究では、様々なストレス下でのBaxの存在量と細胞内局在を正確に測定する必要が多々あります。」と、CSTのシニアデベロップメントサイエンティストであるGary Kasof博士は述べます。「非特異的な抗体を用いた研究は、まちがった解釈につながります。もし、Baxの検出に使用した試薬が、実際には無関係のタンパク質を検出しているとしたら、その研究はBaxの機能を明らかにすることができていないばかりか、Baxの機能を正確に特性解析している他の研究に誤った疑問を投げかけ、混乱を引き起こす可能性さえあります。」

このような理由から、Santa Cruz社のBax抗体を使用した1,500件以上の研究は、その研究結果の正確性が疑問視される可能性があります。 

品質の悪い研究用抗体がもたらす損失 

市販されている研究用抗体の特性解析を目的としたイニシアチブである「The Antibody Characterization through Open Science (YCharOS、イカロス)」によると、機能しない抗体を使用することにより、毎年およそ10億ドルの研究資金が無駄になっていると推定されています1

「YCharOSで試験したところ、市販されている抗体の多くは、メーカーが謳うような機能を示しません。それらの抗体は、標的タンパク質を認識しない、または標的タンパク質と意図しないタンパク質の両方を認識します。」と、YCharOSのco-founderであるCarl Laflamme博士は述べます。「私たちは、アプリケーションごとの抗体特性評価戦略を用いて、1標的あたり平均15種類の抗体を評価しています。幸いなことに、多くの場合、試験した各アプリケーションで特異的かつ信頼性の高い抗体を1-2つは特定できます。」

しかし、抗体の性能を検証および比較するための標準的な手法が存在しないため、研究者が、自身が信頼する試薬が正しく機能しているかどうかを知ることは困難です。YCharOSは、試験を行って特定した数百種類にもおよぶ正く機能しない抗体が、様々な査読付き論文で使用されていることを発見しました。既存の論文で示されている図の20-30%は、意図した標的を認識していない抗体を用いて取得したデータをもとに作成されていると推測しています1

検証が十分ではない抗体によって発生する損失は、その抗体を使用する研究者が負担するだけでなく、最終的にはより広い科学コミュニティにも影響を与えます。これには、結果に繋がらなかった実験に費やされた数千および数百万ドルだけでなく、トラブルシューティングや不正確なデータの解析、失敗した実験の再現に費やされる数か月から数年にわたる、研究者の給与や時間などがあります。

IHC Baxモノクローナル抗体パラフィン包埋マウス肺組織を、リコンビナントモノクローナル抗体Bax (D3R2M) Rabbit mAb #14796を使用しを用いて免疫組織化学染色で解析しました。

また、良いデータが得られず無効になってしまった研究に費やされた資金も無視できません。数字には大きなばらつきがありますが、これらの研究にかかった平均的な費用は、控えめに見積もっても、10万ドルから75万ドルになると推定されます2。Bax抗体の例では、Entrop氏の論文の信憑性が疑問視されており、これは1億5000万ドルから12億5000万ドルの資金が誤って用いられ、無限になってしまったと考えられでいます、

それだけではありません。信憑性の低いデータを読んで検討するのに時間を費やし、その誤った発見を再現しようと試みた多くの研究者の時間と労力も無駄になります。また、間違った研究に導かれた不正確な結論が原因で、遅延、延期、中止、または誤まったデザインとなった研究の費用も無視できません。

上述した推定される資金や時間の損失は、学術研究者への潜在的な影響が主ですが、医薬品開発と臨床研究も同様に再現性の問題に悩まされます。Begley氏とEllis氏は、53報の「画期的」な非臨床研究論文のうち、忠実に再現できたのはわずか6報であったという驚くべきけっかを報告しています3。科学的再現性の危機の原因として多くの要素が挙げられていますが、研究用試薬の品質が悪い、または検証が不十分であることが、この問題に大きく関与していると考えられています4再現性のない非臨床研究に、毎年推定280億ドルが費やされており5 、研究者が誤った手がかりを追いかけることにより、真の進歩が妨げられています。

品質の悪い抗体に1ドルを費やすことにより、真のブレークスルーに費やすべき1ドルを失うことになります。

「品質の悪い抗体の潜在的な影響を、ただ頭の中でシュミレーションするだけではく、実際に多くの研究者が影響を受けていることを忘れないでください。」と、CSTの抗体アプリケーション&バリデーション部門のシニアダイレクターKatherine (Katie) Crosbyは述べます。「苦労して得た知見を撤回しなければならないとなれば、心が痛むことでしょう。その原因が、品質の悪い抗体を販売するメーカーにあるとしたら、怒りすら覚えるかもしれません。CSTが抗体の検証に熱心に取り組むのは、弊社が科学者で構成される企業であるからです。弊社は、優れた科学と、それを行う研究者を大切にしたいと考えています。」

厳密な抗体検証の例

本ブログ記事では、意図したとおりに機能しない抗体の一例を紹介しました。しかし、恐ろしいことに、ここで紹介した例は決して珍しいものではありません。実際、YCharOSは、神経科学関連タンパク質に対する抗体の初期分析を行い、実に3分の2もの試薬がメーカーの謳うような機能を示さないことを発見しました1

YCharOSの初期分析によれば、現在、およそ350社の世界的な抗体メーカーにより製造された約770万種類の研究用抗体製品が市場に出回っていますが、その中には、実験に使用した際に期待通りに機能しない抗体が、500万種類以上も潜在的に含まれています。

「品質の悪い抗体が多く存在しますが、抗体の例のように高品質な製品も存在します。」と、Laflamme氏は述べます。「業界をリードするメーカーから抗体を調達すること、各メーカーが提供する検証データを注意深く確認すること、そして実験室で試薬が正しく機能するかを試験することが大変重要です。」

研究用抗体のサムネイルは信頼できますか? 関連ブログ: お使いの研究用抗体は信頼できますか?

CSTは最も歴史のある抗体メーカーの1つですが、抗体試薬のカタログ製品は比較的少なく、他のメーカーが100,000種類以上であるのに対し、弊社は13,500種類程度です。弊社は、カタログ製品を選りすぐり、100%確実に正しく機能する試薬のみを販売しています。弊社の厳格な検証基準は、より多くの時間と労力を必要としますが、それに見合う価値があります。これらの努力により、弊社は、弊社抗体が初回および毎回、意図したとおりに機能することを保証できます。  

「細胞は、もともとはブラックボックスであり、その内部で何が起こっているのかを注意深く丁寧につなぎ合わせるために、研究者は抗体などのツールに頼っています。」とCrosbyは付け加えます。「実際に自分の目で何が起こっているのか見ることはできないため、使用するツールが期待通りに機能することが極めて重要なのです。」

CSTの科学者は、四半世紀以上にわたり、「優れた科学を行う」という不変の原則を遵守しながら抗体の検証基準を設定してきました。弊社は、献身的な科学者によって設立、運営、構成されている企業であるため、研究者が、期待通りに正確に機能する、信頼できるツールを必要としていることを知っています。

CSTの抗体検証についての詳細は、こちらをご覧ください: 

参考文献

  1. Ayoubi R, Ryan J, Biddle MS, et al. Scaling of an antibody validation procedure enables quantification of antibody performance in major research applications. Elife. 2023;12:RP91645. Published 2023 Nov 23. doi:10.7554/eLife.91645
  2. Reference NIH’s Biomedical Research and Development Price Index
  3. Begley CG, Ellis LM. Drug development: raise standards for preclinical cancer research. Nature. 2012;483:531–533.
  4. Baker, M. Reproducibility crisis: Blame it on the antibodies. Nature 521, 274–276 (2015). https://doi.org/10.1038/521274a
  5. Freedman LP, Cockburn IM, Simcoe TS. The Economics of Reproducibility in Preclinical Research [published correction appears in PLoS Biol. 2018 Apr 10;16(4):e1002626. doi: 10.1371/journal.pbio.1002626.]. PLoS Biol. 2015;13(6):e1002165. Published 2015 Jun 9. doi:10.1371/journal.pbio.1002165
Alexandra Foley
Alexandra Foley
Alexandra (Alex) Foleyは、複雑な研究を、実世界での応用するための魅力的な物語に翻訳することに情熱を持ったCSTのサイエンティフィックライターです。学部課程で分子生物学と英文学を学習した後のAlexのキャリアーは、ヘルスケアや科学における様々な領域に渡ります。Alexは、多くのトピックスについて学び、刺激的で魅了的なストーリを紡ぐことを楽しんでいます。

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