2025年までに、全世界の65歳以上の人のうち710万人以上がアルツハイマー病 (AD) に罹患すると言われています。そのため、この深刻な神経変性疾患に対する新たな発見を促進し、治療法に変化をもたらすツールの開発が不可欠です1。現在、ADの検出と評価には、コストがかかり侵襲的な手法である脳脊髄液 (CSF) バイオマーカーの測定と神経イメージング技術が用いられており、研究者は、ADの早期発見やモニタリング、研究を可能にする、信頼性の高い血液ベースのADバイオマーカーの開発を長い間待ち望んでいます。また、ここ数十年の間に、リン酸化Tauタンパク質がADの早期発見と研究の鍵を握っている可能性が、ますます明らかになってきました2。
ヒトTauには多くのリン酸化部位が存在しますが、チロシン217 (p-Tau217) は特に重要です。常染色体顕性 (優性) 遺伝性AD患者では、この部位のリン酸化レベルが上昇しており3、Tauの他のリン酸化部位よりも明確にAD患者とAD患者以外を識別できます。そのため、この部位のリン酸化は、血液ベースのバイオマーカーとなることが有望視されています4,5。 また、ADの初期段階には血漿中のp-Tau217レベルが上昇することが分かっており、ADの縦断調査や医薬品開発、診断、疾患のモニタリング、患者の治療に役立つ有望なバイオマーカーとなりうることが示唆されています6,7。
アルツハイマー病におけるTauの高度なリン酸化: 微小管関連タンパク質 (MAP) であるTauは、Tauキナーゼ/ホスファターゼ活性の変化により、リン酸化パターンの変化やリン酸化レベルの上昇を示します。その結果、Tauによる微小管安定化能力が損なわれることにより、微小管の崩壊が促進されて、カーゴの輸送が阻害されます。病的にTauのリン酸化レベルが上昇すると、Tauは一対のらせん状フィラメントとして凝集しやすくなり、その結果、ADの疾患組織における顕著な特性として知られる大きな神経原線維変化 (NFT) の形成につながります。微小管の不安定化とNFTは共に、ADおよびタウオパチーに関連付けられる神経毒性と神経変性に寄与します。高解像度の図を見るには、本ブログ記事の最後にあるリンクからポスターをダウンロードしてください。
私は、弊社の神経科学部門の研究者と協力して、この非常に重要な意味を持つTauのスレオニン217リン酸化部位を検出するモノクローナル抗体を開発しました。p-Tau217などを体液ベースのバイオマーカーとして測定する場合は、標的に対する特異性と感度が高く、酵素結合免疫吸着測定法 (ELISA) や単一分子アレイ、免疫沈降-質量分析法 (IP-MS) などの実験で確実に機能する抗体を用いることが重要です。
弊社が確立したモノクローナル抗体クローンは、ヒト/齧歯類の組織および血漿中のp-Tau217を正確に検出し、競合他社の市販の抗体よりも優れた親和性と結合動態を示します。このクローンE9Y4Sは、以下のCST製品として提供されています:
弊社のリン酸化Tau抗体製品の開発および検証について、およびAD研究への適用性に関する詳細を、引き続き以下で解説します。
リン酸化Tau217を認識するモノクローナル抗体クローンの開発
スレオニン217部位がリン酸化されたTauに対する、感度と特異性の高い抗体を開発するには、深い科学的専門知識や時間、配慮、様々なリソース、そして多くの人との共同作業が必要でした。弊社は、このプロセスにおいて、約1000種類のp-Tauペプチドと、λホスファターゼ処理または未処理のTau発現組織に対する抗体クローンライブラリーの評価を、ELISA/ドットブロット解析およびウェスタンブロット解析を用いて行いました。最終的に、弊社はクローンE9Y4Sを同定し、このクローンを増殖させて、組換え体の作成とさらなる検討、特性解析を行いました。
抗体の特異性の決定
CSTは、抗体の特異性を最も重要視しており、何年にもわたり「最も引用された研究用抗体を提供するサプライヤー」であることを大変誇りに思っています。弊社は、お客様が結果を信頼し、研究プロジェクトを前進させるには、すべての弊社抗体が高い正確性と信頼性を持って機能することが不可欠であると理解しています。また、弊社は、たった1回の実験だけでp-Tau217抗体製品が特異性を決定したわけではありません。複数の技術を用いて、様々な方法で確認しています。
リン酸化特異性や部位特異性、標的特異性など、異なる種類の特異性を評価するために行なった実験を紹介します:
- リン酸化特異性、すなわち翻訳後修飾 (PTM) に対する特異性を決定するために、λホスファターゼ処理してタンパク質上のリン酸化を除去したマウス脳組織ライセートで、シグナルが消失することを確認します。
- 部位特異性は、様々なリン酸化部位の合成ペプチドを用いたドットプロットアッセイにより決定します。これにより、抗体のスレオニン217のリン酸化を検出する能力を確認できます。
- 標的特異性を決定するために、野生型マウスとTauノックアウトモデルマウスの脳組織を比較し、抗体がTauに特異的に結合することを確認します。
さらに、IP後のWBによる検証で、Tauタンパク質を濃縮できるかを確認しました。アルツハイマー病患者の脳組織サンプルで試験し、本抗体が実際に実験で使用可能であることを確認しました。また、これらのモデルのサンプルではシグナルの上昇がみられ、抗体の信頼性と特異性をさらに実証することができました。
クローンE9Y4Sのリン酸化特異性や部位特異性、標的特異性を検証するために行った実験の一部を紹介します:
リン酸化特異性、部位特異性、標的特異性の決定: (A) λホスファターゼ処理または未処理のマウス脳組織ライセートの比較により、E9Y4Sがリン酸化に特異的であることが分かります。(B) 野生型マウスとTau -/-マウスの脳組織の比較により、標的であるTauに特異的であることが分かります。(C) Tau Thr217抗体を用いたマウス脳組織の抽出物のIPにより、インプットと比較してp-Tau217が濃縮されていることが分かります。(D) 関連するモデルシステムを用いた標的に対する特異性の確認では、コントロールの大脳皮質と比較して、ADの大脳皮質/海馬ではp-Tau217シグナルが増強されています。(E) ペプチドドットプロット免疫アッセイでは、リン酸化されていないコントロールや周辺のリン酸化部位と比較し、スレオニン217への特異性を示していることが分かります。
抗体の親和性と結合動態の特性解析
抗体が、承認済みのアッセイで機能することだけでなく、標的のエピトープにどれだけ強く結合するか、つまり抗体の親和性を理解することが重要です。抗体の親和性を知ることは、その抗体が様々なアッセイにおいてどのように作用するかを予測するのに役立ちます。例えば、抗体の動態を判断するための結合-解離速度の測定により、ELISAなどの抗体ペアをベースとするアッセイにおいて重要な、抗体と他の抗体との最適な組み合わせを知ることができます。また、親和性や結合動態の情報は、各サプライヤーが提供する抗体の潜在的な性能を比較する際にも役立ちます。
Phospho-Tau (Thr217) (E9Y4S) Rabbit mAbと競合他社のモノクローナル抗体の結合動態を、Octet RED96 (Sartorius社) のバイオレイヤー干渉法 (BLI) を用いて測定しました。ビオチン標識したTau217またはp-Tau217ペプチドを、High Precisionストレプトアビジンバイオセンサーに結合させて、下図に示すように、異なる濃度の弊社の抗体クローンまたは競合他社のモノクローナル抗体に曝露しました。
CSTの抗体クローンは、競合他社の抗体よりも結合率が高い一方で、解離率が低いことから、弊社抗体が競合他社の抗体よりもp-Tau217ペプチドに対して高い親和性と安定した結合能力の両方を持っていることが分かります。
CSTの抗体クローン (左) と競合他社のモノクローナル抗体 (右) のBLIデータの比較: p-Tau217ペプチドへの結合を赤、非リン酸化ペプチドへの結合を青で示しています。濃度は250 nMから3.9 nMで試験しました。グローバルカーブフィッティングは、二価の解析物モデルを用いて行い、そのフィッティングに適合した濃度のみを示しています。
ELISAでのPhospho-Tau (Thr217) (E9Y4S) Rabbit mAbの使用例
ウェスタンブロットやIP、BLIは、いずれも有用な情報を提供しますが、ELISAは感度が高く使いやすいため、生体液サンプルの調査に非常に適しています。弊社は、クローンE9Y4Sを使用してPhospho-Tau (Thr217) Matched Antibody Pair #70933、PathScan® RP Phospho-Tau (Thr217) Chemiluminescent Sandwich ELISA Kit #87749、およびPathScan® RP Phospho-Tau (Thr217) Sandwich ELISA Kit #59672を作製しました。弊社のPathScan RPキットの主な利点は、作業時間はわずか15分であり、最短1時間半で結果が取得できることです。
ブログ: ELISAデータの品質の保護:ELISAのロット間の再現性を確保
下図に示すように、PathScan® RP Phospho-Tau (Thr217) Sandwich ELISA Kit #59672を用いることにより、齧歯類の脳組織におけるp-Tau217を検出し、ヒトAD脳組織におけるp-Tau217が健常コントロールよりも上昇していることを確認できました。
PathScan® RP Phospho-Tau (Thr217) Sandwich ELISA Kit #59672の評価: (A) 組換えTauタンパク質を用いて、図に示す濃度で#59672の感度を評価しました。(B) 脳組織におけるリン酸化Tauに対する#59672の感度は、λホスファターゼ処理または未処理のマウス脳組織のライセートを用いて評価しました。(C) λホスファターゼ処理または未処理の齧歯類脳組織と、ヒトADまたはコントロールの脳組織におけるp-Tau217の相対量を、#59672を使用して評価しました。
また、下図に示すように、PathScan® RP Phospho-Tau (Thr217) Sandwich ELISA Kit #59672は、WTコントロールマウスと比較した際の、TauP301S遺伝子導入モデルマウスの血漿中におけるp-Tau217レベルの上昇を検出できます。これらのデータから、弊社が同定したp-Tau217のELISAペアとアッセイを使用することにより、研究目的で生体液内のp-Tau217を検出できることが分かります。
血漿サンプルを用いたPathScan® Phospho-Tau (Thr217) Sandwich ELISA Kit #59672の検証:#59672は、3か月齢のTau P301Sマウス (Tau) の血漿中におけるTau Thr217のリン酸化を検出できます。コントロールマウス (Non-Tg) のサンプルと比較しました。データはPing-Chieh Pao博士とLi-Huei Tsai博士 (MIT) にご提供いただき、許可を得て使用しています。
信頼性の高い抗体
弊社は、本ブログ記事で紹介した厳格な実験を行っているため、CST抗体が使用予定のアッセイで期待通りに機能することを保証できます。感度と特異性の高いPhospho-Tau (Thr217) (E9Y4S) rabbit monoclonal antibodyは、高い親和性と強い結合動態を持ってp-Tau217に結合するため、初回ならびに毎回、信頼できる結果の取得を可能にします。
SfN 2023でポスター発表した、WB、IP、ELISAを用いて行ったクローンE9Y4Sの検証実験の詳細については、こちらをご覧ください: