Zikaウイルス (ZIKV) は、デング熱や黄熱病を引き起こすフラビウイルスと関係があり、蚊 (Ae. aegyptiおよびAe. albopictus) に刺されることにより、そして二次的に性感染により感染します。大人がZIKVに感染すると軽度のデング熱のような疾患、または末梢神経系の自己免疫疾患であるGuillain-Barré症候群が起こります。驚くべきことに、ZIKVは妊娠中に胎盤関門を通過して感染し、重度の先天性欠損小頭症 (脳の発育不全) を引き起こすこともあります。
近年、ZIKV感染と神経病態学的な分子基礎の理解、ならびに、治療やワクチン開発を目的とした研究が行われています。今回のJournal Clubでは、Akt-mTORシグナル経路の阻害によりZIKVが神経幹細胞でオートファジーを活性化して神経発生を妨げることを明らかにした、USCの研究者によりCell Stem Cellに発表された研究について取り上げます。著者らは、神経幹細胞 (NSCs) に由来するニューロスフェアを用いた検証と、マウスとマカクザルのモデルを用いた追加検証により、ZIKVの神経病態学的なメカニズムの解明を行いました。
神経発生はNSCsのニューロンへの分化など脳の発育過程における重要なプロセスであり、Akt/mTORシグナル伝達経路により制御されています。AktやmTORの抑制は小頭症と遺伝的に関連し、活性化は巨頭症と関連しています。 mTORシグナル伝達は細胞のオートファジーも制御しており、AMPK/p53による不活性化がオートファジーを活性化する一方で、AktによるmTORの活性化はオートファジーを抑制します。最近の研究では、異なるウイルスにより細胞のオートファジーが活性化または抑制されることが明らかとなり、小胞体で新しいウイルス粒子の生産が行われている間に、ZIKVおよびデング熱 (DENV) が細胞のオートファジーをハイジャックすることが報告されています。このことを受け、ZIKVによって誘導されるオートファジーが神経発生に影響し得るかどうかについて、Liangらによる検証が行われました。
著者らは最初に、神経上皮の発達における増殖、分化、細胞死に対するZIKVの影響を明らかにするため、in vitroのニューロスフェア形成試験を行いました。3日間ZIKVを感染させたニューロスフェアは、MOCK (擬似感染) コントロールと比べて小さく、細胞死が増えた一方で細胞増殖能は低下していました。また、NSCs、HeLa細胞ならびにMEF細胞において、ZIKVの感染によりオートファジーの活性が促進されていました。さらに、3-MAやクロロキンによるオートファジー抑制がZIKVのウイルス価を減少させる一方で、ラパマイシンによるオートファジーの活性化はZIKVのウイルス価を増加させました。すなわち、ZIKVの複製とオートファジーは確かに関連することが示されました。
ZIKVに由来するどのタンパク質が神経発生に影響を与えたかを検証するために、著者らはレンチウイルスを用いて、10種類全てのZIKVタンパク質についてスクリーニングを行いました。非構造タンパク質のNS4AとNS4Bは、単体あるいは両方でニューロスフェアの大きさを縮小させました。これは、ZIKVに特異的なことであり、DENVのNS4A/NS4Bはニューロスフェアの大きさに影響を与えませんでした。さらに、ZIKVのNS4A/NS4Bタンパク質は、それぞれβ3-TubulinおよびGFAPをマーカーとする免疫蛍光染色 (IF) で示されるように、分離したNSCsのニューロンとアストロサイトへの分化および増殖能を低下させました。NS4AやNS4Bの発現は、HeLa細胞におけるGFP-LC3の輝点の出現や、HeLa細胞およびNSCsにおけるLC3-II:LC3-Iの量比で示されるように、オートファジーの誘導にも十分でした。
最後に、リン酸化特異的抗体を使用して、ZIKVの有無によるAkt/mTOR経路の活性評価をウェスタンブロッティングで行いました。Aktの活性はT308とS473のリン酸化により制御されており、活性型AktはmTORのS2448をリン酸化します。3種類全てのリン酸化特異的抗体を用いた検証の結果、NSCsのZIKV感染後にAkt/mTOR活性が経時的に阻害されることが明らかとなりました。レンチウイルスを用いたNS4AまたはNS4Bの発現は、HeLa細胞においてAktとmTORの活性化を抑制するのに十分であり、さらに、血清飢餓処理後のNSCsまたはHeLa細胞へのインスリン処理によるAkt/mTORの活性化を低下させました。 ただし、他のZIKVタンパク質では、このような現象が観察されませんでした。これらのデータは、この2つの非構造ZIKVタンパク質が、宿主細胞でオートファジーを活性化させるために通常のAkt/mTORの活性化を阻害するという結論を裏付けるものであり、このことがニューロンの減少およびZikaの神経病態に関与すると考えられます。
構造的なアプローチによる今後の研究により、Akt抑制のメカニズムの詳細がさらに解明され、そしてそれがZikaウイルスのライフサイクルにどのように関係しているのかが解明されるかもしれません。Zika感染後の神経病態を緩和する治療を妊娠中に行うことは恐らく難しいでしょう。しかし、より治療しやすくヒトにおける最初のZikaコロニー形成の部位であると考えられる血液細胞や血管内皮、表皮、あるいは他の組織でもAkt経路がZIKVの標的となっているかどうかを研究することには意義があります。これからまだまだ研究が必要です。
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