CSTブログ: Lab Expectations

Cell Signaling Technology (CST) の公式ブログでは、実験中に起こると予測される事象や実験のヒント、コツ、情報などを紹介します。

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マッピングされていない生物学的なシグナル伝達経路の探索は、以前は放射性標識を用いたリン酸部位イメージングを用いて行われていました。タンパク質のリン酸化を検出して定量するリン酸化部位特異的抗体の開発は、研究者たちの仕事をより容易にしました (処理しなければならない32P廃棄物が少なくなるため)。しかし、リン酸化抗体を用いた実験データの解釈には注意が必要です。

タンパク質のリン酸化修飾を検出

シグナル伝達経路のキナーゼとフォスファターゼのバランスにより、リン酸基が付加あるいは除去されることで、シグナルがいつどこで伝達されるかが分かります。リン酸化によるタンパク質の修飾は、最初はSer/ThrおよびHis/Asp残基で観察され、その後チロシン残基で起こることが発見されました。これらのタンパク質修飾は、相互に接続した巨大なネットワークの中で、タンパク質からタンパク質へと情報を伝達し、細胞周期、代謝、神経系機能、免疫反応、組織発生、がんなどのすべての重要な生物学的機能に関係します。

キナーゼファミリーの進化マップ

シグナルを追跡するために、目的タンパク質のリン酸化状態を知りたいと考えることでしょう。リン酸化された状態のペプチドモチーフを認識する抗体は、ウェスタンブロッティング (WB) やその他のアプリケーションにおける重要な研究ツールとなります。タンパク質リン酸化を幅広く認識する抗体 (例えば、リン酸化チロシン)抗体) や、近傍のアミノ酸残基によって (様々な程度の縮重を伴って) 定義されるPTM モチーフを認識する抗体、さらには特定のペプチド配列の特異的なPTMを認識する抗体など、多岐にわたります。シグナル伝達の研究を行う科学者の多くにとっては、特定のペプチドに特異的なリン酸化抗体が入手可能であれば、それが最適な選択肢となります。

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WBでリン酸化抗体を使用する際には、これらの修飾が存在量の少ないものであることを心に留めて、リン酸化ペプチド (リン酸化エステル) が分解しやすいものであることを認識し、周囲にあるフォスファターゼによる脱リン酸化のリスクに注意しなければなりません。無計画に実験を行うと、 阻害されていないホファターゼによる脱リン酸化や、 阻害されていないプロテアーゼによるタンパク質の分解、あるいは抗体の検出効率を下げる等のいずれかによって、リン酸化タンパク質の検出が困難になります。

WBでリン酸化抗体を使用する際の考慮事項

  • 標的のリン酸化タンパク質が脱リン酸化したり分解しないように、可溶化バッファーにホスファターゼ阻害剤とプロテアーゼ阻害剤を入れてください (Protease/Phosphatase Inhibitor Cocktail (100X)#5872を参照) 。場合によっては、キナーゼ阻害剤も検討する必要があります1
  • 完全に細胞を溶解するために、作業は迅速に行い、冷却を保ち、ソニケーションを行ってください (ウェスタンブロッティングプロトコールを参照)。ホスファターゼ/プロテアーゼ活性を最小限に抑えてシグナルの減弱を防ぐために、迅速なサンプル調製と処理、サンプルの冷却、完全な溶解が不可欠です1-5
  • pHに注意してください。リン酸化セリン、リン酸化チロシン、リン酸化スレオニンの結合は、非生理的なpHでも安定ですが、抗体によってはpHの変化により抗原を認識しにくくなる場合があります。さらに、電気泳動の際の分解能や、膜への転写効率は、泳動バッファーや転写バッファーのpHが正しくないと、悪影響を受ける場合があります。
  • 抗体反応の前に、0.1% Tween 20を含む1X TBS中に5%のNonfat Dry Milk #9999を加えて、転写膜のブロッキングを行うことを推奨します。弊社がこのミルクタンパク質を使用した際は、バックグラウンドも、カゼインを含むミルクタンパク質との交差反応性も見られませんでした。ホスファターゼ活性に関しては、低温殺菌プロセスが、ミルク中のすべてのアルカリ性ホスファターゼ活性を阻害します。
  • 抗体の推奨希釈率については、製品ウェブサイトあるいはデータシートをご確認ください。転写膜のブロッキングは脱脂粉乳で行いますが、リン酸化抗体の希釈と反応に関しては、通常5% BSAを使用します。
  • リン酸イオンが結果に影響を与える可能性があるため、洗浄/反応バッファーを作製する際には、PBS-TではなくTBS-Tを使用してください*
  • ブロットのストリッピングとリプロービングを計画している場合、ストリッピングのプロセスがリン酸化タンパク質抗原の消失や分解につながることがあるため、まず最初にリン酸化タンパク質の検出を行なってください。抗原の存在量が少ない可能性があるため、弊社はリン酸化一次抗体を4°Cで一晩反応させることを推奨しています (ウェスタンブロットトラブルシューティングガイドを参照)。ブロットはストリッピングした後に、トータル抗体でリプローブし、ローディングコントロール・転写コントロールとして使用することができます。
  • もし画像取得のための装置が使用可能であれば、多重蛍光染色 (蛍光ウェスタンブロッティングプロトコールを参照) を行うことで、トータルタンパク質とリン酸化タンパク質を同時に測定することが可能です。
  • 検出されたバンドがリン酸化タンパク質に由来することを確認するために、CSTではポジティブコントロールの使用を推奨しています (標的別実験コントロール調製法参照)。特定の活性化剤や阻害剤を用いてシグナル伝達タンパク質の活性を操作したり、リン酸化および非リン酸化された抗原ペプチドでのブロッキングの結果を比較することもできます。他の実験操作による影響を補うために、ネガティブコントロールとしてのホファターゼ処理がよく用いられます。
  • リン酸化タンパク質は、相対的に存在量が少ないことがほとんどです。ネガティブな結果が得られた場合は、免疫沈降で抗原を濃縮することによって、結果を検証することができます。また、できればそのような検証を行うべきです。 

全ての実験条件が最適化されれば、捕らえにくいリン酸化タンパク質でも、少なくとも一度に一箇所のリン酸化部位を検出する限りにおいては、検出することができるはずです。しかし、複数のリン酸化部位が存在する場合もあるでしょう。そのような場合はさらに条件は複雑になります。そのような場合には、質量分析の共通機器施設を訪れるか、CSTのPTMScan®サービスの利用についてお電話ください。

*ウェスタンブロッティング以外、すなわち免疫蛍光染色やフローサイトメトリーのプロトコールにおけるPBSの使用について疑問に思われるかもしれません。これらのアプリケーションのプロトコールでは、高分子がアルデヒドによってクロスリンクされており、トリス (TBS中の成分) の1級アミンが干渉する可能性があるため、PBSのご使用の方が有利です。ウェスタンブロッティングにおける、TBSに対するPBSの有用性については、以前から議論が分かれてきており、抗体/エピトープ特異的であると考えられます。

 
参考文献
  1. V. Espina et al., A portrait of tissue phosphoprotein stability in the clinical tissue procurement process. Mol Cell Proteomics 7, 1998-2018 (2008).
  2. K. A. David et al., Surgical procedures and postsurgical tissue processing significantly affect expression of genes and EGFR-pathway proteins in colorectal cancer tissue. Oncotarget 5, 11017-11028 (2014).
  3. A. S. Gajadhar et al., Phosphotyrosine signaling analysis in human tumors is confounded by systemic ischemia-driven artifacts and intra-specimen heterogeneity. Cancer Res 75, 1495-1503 (2015).
  4. S. Gundisch et al., Critical roles of specimen type and temperature before and during fixation in the detection of phosphoproteins in breast cancer tissues. Lab Invest 95, 561-571 (2015).
  5. A. P. Theiss, D. Chafin, D. R. Bauer, T. M. Grogan, G. S. Baird, Immunohistochemistry of colorectal cancer biomarker phosphorylation requires controlled tissue fixation. PLoS One 9, e113608 (2014).
Kenneth Buck, PhD
Kenneth Buck, PhD
細胞生物学を学んだKenは、ラトガース大学で博士号を取得し、その後イェール大学でポスドク研究を行い、再生する神経細胞の細胞運動性に関与する細胞骨格の動態とシグナル伝達機構について学びました。CSTでは、他の科学者と協働してマルチメディアによる科学コミュニケーションを構築しています。ビデオのスクリプトを書いているときや、スタジオにいるとき以外は、Kenの庭ともいえる岩でごつごつしたマサチューセッツ州ノースショアで、同僚と共にマウンテンバイクを乗り回しています。

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