神経変性における分子シグナル伝達研究用抗体の選択は、複雑で悩ましいプロセスですが、脳機能や疾患の理解を深める上で不可欠なものです。本ブログでは、CSTとFUJIFILM Cellular Dynamics社の協働プロジェクトである、主要な抗体ツールキットとiCell Microglia製品を用いた神経変性疾患におけるシグナル伝達イベントの特性解析を紹介します。弊社が選択したこれらの抗体は、特に神経炎症における、iPSC由来ミクログリア (iMGL) の同定と貴重でハイコンテントな解析を可能にします。
プロジェクトの詳細、または弊社が神経変性疾患におけるミクログリア活性化の研究に推奨する、このリンク先のヒトに交差性があるIF検証済み抗体の製品リストをご覧ください。また、私と同僚がSociety for Neuroscience (SfN) 2024で発表した以下のポスターもダウンロードしてご覧いただけます。
iPSC由来ミクログリアを用いたヒト神経炎症モデル
脳に常在する免疫細胞であるミクログリアは、神経炎症と神経変性を理解する上での中心的な存在であり、さらにアルツハイマー病 (AD) と加齢におけるその役割がますます注目されています。近年、これらの興味深い研究には主にモデルマウスが用いられています。しかし、マウスとヒトのミクログリアには多くの類似点がある一方で、特に加齢に伴って生じる遺伝子発現に大きな違いがみられるため、トランスレーショナルリサーチにおけるマウスモデルの妥当性が疑問視されています1 。
本ブログの著者であるVirginia Bain博士は、Society for Neuroscience (SfN) 2024で本ブログに関する研究結果を発表しました。
ヒト人工多能性幹細胞 (hiPSC) は、この問題を解決し、ヒトのミクログリアと似た機能を持つ細胞のin vitroでの研究を可能にします。特に、弊社が神経炎症の研究用として選択したiMGLは、ヒトミクログリアの挙動を模倣しており、炎症応答の特性解析に非常に有用です2。これらの細胞は、96ウェルプレートフォーマットに適するため、複数のタンパク質のハイコンテント解析を可能にします。そのため、研究者は、ヒトミクログリアの活性化をより深く理解できます。
ハイコンテントな蛍光免疫染色によるミクログリアの特性解析
疾患関連ミクログリアおよび刺激に対するその応答をin vitroで特性解析する方法は、数多く存在します。96ウェルまたは384ウェルプレートフォーマットでの作業は、タンパク質の発現レベルや代謝機能、細胞の形態を評価するアッセイに適しており、同時に治療や遺伝子操作による影響も評価できます。弊社は、治療によって引き起こされるタンパク質の発現レベルや局在、形態的な変化を同時に研究するために、免疫蛍光法、特にハイコンテント解析手法 (HCA) を用いることにしました。このアプローチでは、独特な方法で視覚化されたデータを大量に作成できるため、細胞集団の動態をより深く理解できます。
神経炎症応答の誘導
炎症を誘導するために、弊社は2つの異なるアプローチを採用しました。まず初めに、リポ多糖 (LPS) 処理を用いて古典的な炎症応答の調査を行いました。LPS処理は、炎症を誘導する方法として文献的に確立されており、様々な免疫細胞に有効です。
当然のことながら、LPSは、脳、特にADや多発性硬化症 (MS)、パーキンソン病 (PD) などの神経炎症性疾患で頻繁にみられるものではありません。しかし、炎症性サイトカインは、元来細胞に存在するものであり、in vitroで誘導できます。そこで、次に弊社は、神経炎症を誘導する2つ目のアプローチとして、ラットミクログリアでの使用が文献的に確立されている、炎症性サイトカインのIFNγとTNFαを用いました3。
弊社は、これらの異なるアプローチから得られた結果を比較し、細胞内の形態における驚くべき違いをいくつか発見しました。
神経炎症応答の研究用抗体ツールキット
1. NF-κB p65
弊社は、細胞をNF-κB p65 (D14E12) XP® Rabbit mAb #8242で染色して炎症の誘導を確認しました。NF-κB p65は、刺激に応答した細胞では細胞質から核へ移行するため、炎症の誘導の強力な指標となります。HCAの古典的なアプローチでは、核と核以外のシグナルを明確に区別して定量し、各細胞における細胞質と核のシグナル強度の違いをみることができます。
この方法を用いて作成した多くのデータの一例を以下に紹介します。この図では、LPS処理した細胞 (右) の核のシグナル (白の破線で囲われた部分) が増加していることから、炎症応答が誘導されていることが確認できます。
NF-κB p65 (D14E12) XP® Rabbit mAb #8242 (緑) とCD45 (Intracellular Domain) (D9M8I) XP® Rabbit mAb (Alexa Fluor® 555 Conjugate) #62267 (赤) を用いて免疫蛍光染色して解析した画像を示しています。核は、DAPI #4083で染色し (データ非表示)、白の破線で囲みました。LPS処理した細胞 (右) は、未処理のiCellミクログリア (左) に比べてシグナルが増加していることが分かります。
2. Intracellular CD45
免疫細胞の細胞表面に発現するチロシンリン酸化タンパク質CD45は、ミクログリアの炎症応答を抑制し、ミクログリア活性化の抑制因子として機能する、信頼できるミクログリアマーカーです4。 すべてのミクログリアを標識できる膜結合CD45を実験に組み込むことにより、無料で公開されているオープンソースの画像解析ソフトウェアCell Profilerで、細胞の大きさや形などのミクログリアに関する重要な特徴を明確に確認できました。
Virginia (Ginny) Bain, PhD |
著者からのアドバイス: 研究室でより多くの画像解析を行いたい場合は、無料で公開されているオープンソースの画像解析ソフトウェアCell Profilerの利用を強くお勧めします。細胞内 (オルガネラの大きさやスポットカウント、分岐、局在の移行)、細胞間 (数、強度、距離) など、非常に多くの属性を確認できます。このソフトウェアには、簡単に試すことができる素晴らしい「手引き書」や「サンプルパイプライン」が用意されています。また、Center for Open Bioimage Analysis (COBA) が主催する活発なフォーラムコミュニティもあり、画像解析に関する疑問の解決に役立ちます。Cell Profilerは、特に数百枚もの画像の解析が必要なとき非常に役立ちます! |
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弊社は、すべての細胞に対しCD45 (Intracellular Domain) (D9M8I) XP® Rabbit mAb (Alexa Fluor® 555 Conjugate) #62267の対比染色を行いました。今回の研究で得られた最も興味深く予想外な結果の1つに、形態的な変化があります。LPS処理したミクログリアは、正常細胞よりもわずかに小さく、そして丸くなりました。また、炎症性サイトカイン処理した細胞は、正常細胞よりも大きく、そして扁平でした。これらの予想外の発見は、iMGLを用いた神経炎症の研究や、様々な手法による炎症の誘導を検討しているすべての研究者にとって注目に値するものです。
弊社が、どのようにしてラビットを宿主とする一次抗体および標識抗体をマルチプレックス化したのかを知りたい方は、IFのマルチプレックス染色を行うヒントをいくつか紹介している弊社の以前のブログ記事をご覧ください。
3. Phospho-Syk (Tyr525/526)
TREM2は、骨髄系細胞、特にミクログリアや破骨細胞、マクロファージのサブセットに発現する細胞表面 (トリガー) 受容体であり、炎症応答や免疫応答の調節をサポートします5。 TREM2は、活性化するとDAP12と複合体を形成し、一連の細胞内シグナル伝達を誘導します。
活性化したDAP12は、チロシンキナーゼSykをリクルートします。Sykの活性化ループ (Tyr525および526) のリン酸化は、TREM2シグナル伝達の信頼できる指標です6。
AHN iCellミクログリアを、TREM2 (E4F5G) Mouse mAb #29715 (緑)、 DAP12 (E7U7T) Rabbit mAb #97415 (赤)、DAPI #4083 (青) を用いて免疫蛍光染色して解析しました。
研究者の中には、入手可能なリン酸化タンパク質を含むサンプルに限りがあるため、リン酸化特異的抗体を用いた免疫蛍光染色は難しいと考えている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、正しいシステムと正しい抗体を用いることにより、高品質な画像を取得できます。弊社は、炎症性ミクログリアと正常と思われる (AHN) ミクログリアを比較する際に、Phospho-Syk (Tyr525/526) (C87C1) Rabbit mAb #2710を用いて確実なデータを作成し、間違いなく活性化していることを確認しました。
TREM2シグナル伝達経路
CSTウェブサイトにある完全版のインタラクティブパスウェイ図もご覧ください。
ミクログリアの特性解析用抗体ツール
弊社は、ADやPDなどの神経変性疾患における、ミクログリア活性化による細胞変化の理解をサポートするため、疾患に関連する細胞プロセスのさらなる特性解析に必要な、モノクローナル抗体の包括的な製品ラインナップを開発し続けています。また、弊社は、IFを用いたミクログリアの特性解析に使用できる即出荷可能なモノクローナル抗体を数多く提供しています。弊社が推奨する、ヒトに交差性を示すモノクローナル抗体については、以下の表をご覧ください。
IFでの使用が承認された、ヒトに交差性を示す即出荷可能なモノクローナル抗体 | ||||
標識チャンネル | ||||
未標識抗体 | 488 | 555 | 594 | 647 |
CD45 (Intracellular Domain) (D9M8I) XP® Rabbit mAb #13917 | #62267 | |||
Iba1/AIF-1 (E4O4W) XP® Rabbit mAb #17198 | #20825 | #36618 | #48934 | #78060 |
NF-κB p65 (D14E12) XP® Rabbit mAb #8242 | #49445 | |||
Phospho-Syk (Tyr525/526) (C87C1) Rabbit mAb #2710 | ||||
PU.1 (9G7) Rabbit mAb #2258 (Lot 4) | ||||
DAP12 (E7U7T) Rabbit mAb #97415 | ||||
SHIP1 (C40G9) Rabbit mAb #2727 | ||||
TREM2 (E4F5G) Mouse mAb #29715 | ||||
ここに記載の抗体以外も提供していますので、cellsignal.comにアクセスしてその他の抗体もご覧ください。また、弊社はカスタム標識サービスを提供しています。詳細は、弊社にお問い合わせください。 |
弊社は、ミクログリアの特性解析用抗体ツールキットの作成だけでなく、炎症時にTREM2/DAP12複合体に何が起こっているのかに関心がありました。弊社が行った研究により、TREM2依存性のミクログリア活性化の調節 (この経路のアップレギュレートまたはダウンレギュレート) が、ADの病態の解明にどのように役立つかという知見が得られます。詳細については、ぜひ私のポスターをご覧ください!
参考文献:
- Human and mouse microglia look alike, but age differently | ALZFORUM. (2017, July 18).
- Abud EM, Ramirez RN, Martinez ES, et al. iPSC-Derived Human Microglia-like Cells to Study Neurological Diseases. Neuron. 2017;94(2):278-293.e9. doi:10.1016/j.neuron.2017.03.042
- Lively S, Schlichter LC. Microglia Responses to Pro-inflammatory Stimuli (LPS, IFNγ+TNFα) and Reprogramming by Resolving Cytokines (IL-4, IL-10). Front Cell Neurosci. 2018;12:215. Published 2018 Jul 24. doi:10.3389/fncel.2018.00215
- Tan J, Town T, Mullan M. CD45 inhibits CD40L-induced microglial activation via negative regulation of the Src/p44/42 MAPK pathway. J Biol Chem. 2000;275(47):37224-37231. doi:10.1074/jbc.M002006200
- Colonna M. The biology of TREM receptors. Nat Rev Immunol. 2023;23(9):580-594. doi:10.1038/s41577-023-00837-1
- Huang Q, Chan KY, Lou S, et al. An AAV capsid reprogrammed to bind human Transferrin Receptor mediates brain-wide gene delivery. Preprint. bioRxiv. 2023;2023.12.20.572615. Published 2023 Dec 22. doi:10.1101/2023.12.20.572615