CSTブログ: Lab Expectations

Cell Signaling Technology (CST) の公式ブログでは、実験中に起こると予測される事象や実験のヒント、コツ、情報などを紹介します。

抗体検証に不可欠なもの:直交的戦略

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抗体検証の直交的戦略では、抗体ベースの方法で得た結果と、抗体ベースではない方法で得られたデータの比較検証を行います。このアプローチは近年、急速に普及しつつあり、CiteAb社は、市販の抗体に関して、サプライヤーが実施した直交検証の例は14,000件に上ると報告しています。

直交的な抗体検証

本ブログ記事では、なぜ直交的戦略が抗体検証において重要なのか、また、CSTの科学者は社内での包括的な抗体開発と試験プロセスにおいてどのように直交データを用いているかを、いくつかの例を挙げながら解説します。 

目次:


直交的抗体検証とは何か?

統計学では、「直交」は変数が統計的に独立している方程式、簡単にいうと2つの変数が相関していない状態を指します。この概念の定義は、直交的抗体検証にも当てはまります。直交的抗体検証では、抗体ベースではない実験で得られたデータを用いて、抗体ベースの実験で得られたデータの裏付け作業を行います。直交的データソースには、すでに公開されている情報のデータマイニング結果やオミクス技術 (ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス) による発現解析の結果、in situハイブリダイゼーションなどの、すでに確立されている抗体ベースではない手法により得られた結果が含まれます。

「直交的検証は、標準値と測定値を照らし合わせて検証する方法に似ています。」と、CSTの抗体アプリケーション&バリデーション部門のシニアダイレクターであるKatherine (Katie) Crosbyは述べます。「秤が正しく機能しているかを確認するために、サンプルとは異なる調整済みの重りを用いるのと同様に、抗体ベースの実験結果を比較検証するためには抗体ベースではないデータが必要です。関連性のない手法から得られたデータを用いることにより、バイアスを抑制し、標的特異性に関するより確実な証拠を取得できます。」

直交的データを用いる検証は、International Working Group for Antibody Validation (IWGAV) が提案し広く普及している、抗体検証に関する「The five conceptual pillars for antibody validation (抗体検証のための5つの概念)」のうちの1つに過ぎません1 CSTは、これらの概念を総称して「Hallmarks of Antibody Validation」と呼んでいます。これには、バイナリー戦略 (ノックアウト検証など)、レンジ戦略、相補的戦略、不均一戦略、複数抗体戦略、直交的戦略が含まれます。

Hallmarks of Antibody Validationの全体像

例として、ある抗体をウェスタンブロット (WB) で初めて使用する場合を想定して解説します。まず、Human Protein Atlasを直交データのソースとして用い、RNAレベルの高い細胞株と低い細胞株を選択して検証に使用します。これがバイナリー実験モデルです。RNAデータとウェスタンブロットの結果が一致しない場合は、さらに詳しく調査する必要があります。Nectin-2/CD112の検証の一環として行われたウェスタンブロット実験による検証の成功例を以下で紹介していますので、そちらもご覧ください。

バイナリー検証戦略では、標的タンパク質の発現が陽性 (+) または陰性 (-) であることが既知のシステムを用いて抗体の特異性を確認します。例えば、内在性の発現量が異なるモデル、遺伝的ノックアウトモデル、発現を誘導または抑制したモデルなどを用いて、抗体の、交差反応を含まない標的認識能力を調べます。

「最も重要な点は、直交的アプローチとは、複数の独立した実験手法を用いて取得したデータを比較検証し、抗体実験の信頼性を確認する方法であるということです。」と、CSTのシニアサイエンティストであるSrikanth Subramanian博士は述べます。「このような追加検証には多くの労力を要しますが、十分に見合った結果が得られます。CSTは、抗体の特異性と感度についての確信を得るために、可能な限り直交データを用いて抗体検証を行っています。」

しかし、アプリケーションごとの検証が不可欠であることを忘れてはいけません。上述したバイナリー実験では、WBにおける抗体の特異性と感度を検証できますが、免疫組織化学染色 (IHC) などの他のアプリケーションでの性能を確認することはできません。アプリケーションごとに異なるサンプルの準備方法や保存条件は、抗原に様々な影響を与えます。これらの影響により、最終的に抗体のエピトープへの結合の仕方が変化し、各アプリケーションにおける抗体の機能性が変わる場合があります。

 

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抗体ベースではない直交データの実験リソース

以下の検出や定量を行う実験技術は、抗体を使用せずに標的タンパク質、またはそれに対応する遺伝子に関する直交データを入手可能な方法の一例です:

  • In situハイブリダイゼーション:組織または細胞の特定のDNA配列またはRNA配列を、標識した核酸プローブを用いて検出します。
  • RNA-seq: mRNAの濃縮やcDNAの合成を行い、次世代シーケンシングを用いてサンプル内のRNAレベルを測定します。
  • 定量的PCR:特定のDNA配列を、DNAプライマーを用いて増幅および定量します。
  • 質量分析: 質量電荷比に基づき、タンパク質を同定および定量します。

抗体ベースではない直交データのパブリックソース

以下のリストは、一般公開されている、抗体を使用せずに取得した様々な疾患状態や生物学的モデル、組織タイプのデータのオープンソースの一例です:

  • Cancer Cell Line Encyclopedia (CCLE):ブロード研究所が管理するCCLEは、1,100種類を超えるがん細胞株のゲノムデータと解析結果を一般公開しています。
  • BioGPS: 散在する遺伝子アノテーションリソースを集約し、カスタマイズ表示が可能なGene Reportや、各遺伝子に関する様々なリソースへのアクセスを提供する遺伝子ポータルサイトです。
  • Human Protein Atlas:抗体ベースのイメージングや質量分析ベースのプロテオミクス、トランスクリプトミクス、システム生物学といった様々なオミクス技術を用いて、ヒトの細胞や組織、臓器に含まれる全タンパク質のマッピングを目指す、スウェーデンのグループが提供するプログラムです。
  • DepMap Portal:がんの脆弱性と潜在的な治療標的を特定するための包括的なデータセットとツールを提供し、精密がん医療を加速することを目的とした、ブロード研究所が運営するパブリックリソースおよび研究プラットフォームです。
  • COSMIC (Catalogue Of Somatic Mutations In Cancer) がんにおける体細胞変異の総合的なデータベースであり、様々ながんにおける変異のタイプとその影響についての詳細を提供するサイトです。

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一般公開されているオミクスデータを用いた直交的検証の例

WBによるタンパク質発現の結果 (抗体ベースの手法で取得) が、一般公開されているHuman Protein Atlasのオミクスデータ (抗体ベースではない手法で取得) から予測される結果と一致しているかを確認しました。

以下は、CSTの科学者が、Nectin-2/CD112を標的とするWBで使用可能なリコンビナントモノクローナル抗体クローンD8D3Fを検証した際に作成した検証データの一例です。

CD112としても知られるNectin-2は、細胞接着やT細胞シグナル伝達、心臓機能、ウイルスの侵入といった様々なプロセスにおいて重要な役割を担う多機能なタンパク質です。この抗体クローンの、WBにおける特異性を確認するために、まずはHuman Protein Atlasから取得した直交データを用いて、様々な細胞株におけるNectin-2の相対的な発現量を推定しました。結果を図1に示しています。

Human Protein Atlas_Normalized RNA Nectin-2図1: Human Protein Atlasから取得した、様々な細胞株におけるNectin-2/CD112のRNAの発現量を標準化したデータを示しています。3つのグラフで、縦軸のnTPM (Normalized transcripts per million) 値が異なることに注意してください。(www.proteinatlas.org/ENSG00000130202-NECTIN2)

Human Protein Atlasのデータから、次の4種類の細胞株を選択して抗体試験に使用しました。

  • 高発現株:RT4 (ヒト膀胱がん細胞株) とMCF7 (ヒト乳がん細胞株) では、Nectin-2のRNAは高いレベルを示しています。
  • 低発現株:HDLM-2 (ホジキンリンパ腫細胞株) とMOLT-4 (急性白血病細胞株) では、Nectin-2のRNAレベルは最も低くなっています。

次に、抗体クローンD8D3Fを用いて、これらの4種類の細胞株サンプルのWBを行いました。図2に結果を示しており、期待どおりRT4とMCF7で明確にNectin-2が高発現していることが確認でき、HDLM-2とMOLT-4では発現が最低または発現がみられませんでした。Nectin-2_CD112 Orthogonal Antibody Validation Western Blot

図2: RT4、MCF7、HDLM-2、MOLT-4の抽出物を、Nectin-2/CD112 (D8D3F) #95333 (上) とβ-Actin (D6A8) の抗体 (下) を用いてWBで解析しました。

直交データとバイナリー検証戦略の両方を活用した上記の実験により、WBにおけるNectin-2/CD112 (D8D3F) #95333の特異性をしっかりと確認できます。しかし、他のアプリケーションにおけるこのクローンの特異性を確認するには、さらなるデータが必要です。実際、CSTの科学者は、追加試験によりこのクローンが免疫組織化学染色 (IHC) でも使用できることを確認しましたが、その他のアプリケーションでの使用は推奨していません。 

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質量分析データを用いた直交的検証の例

免疫組織化学染色 (抗体ベースの手法) を用いたタンパク質発現解析の結果と、質量分析 (抗体ベースではない手法) で測定したペプチド数が一致しているかを確認しました。

組織サンプルには特有の複雑さがあるため、IHC抗体の検証は特に難しい場合があります。CSTは、新しく開発したIHC抗体の標的特異性と感度を確認するために、包括的な検証試験を行っています。液体クロマトグラフィー質量分析 (LC-MS) は、研究者が自身で抗体検証を行う研究室などにおいて、誰もが容易に利用できるわけではありません。しかし、LC-MSは、弊社の社内検証プロセスにおいて、直交的なデータ源として非常に有用であることが分かっています。

LC-MSデータは、DLL3 (Delta-like ligand 3) を標的とするIHC用のCST抗体クローンE3J5Rの検証にも使われています。小細胞肺がんサンプルをLC-MSで解析して得られたDLL3のペプチド数を、下の図3に示しています。これらの高 (青)、中 (黄)、低 (緑) レベルのDLL3ペプチドを示す3種類のサンプルを、IHC解析に使用しました。

DLL3_LC-MS_Orthogonal Data

図3:iBAQ (intensity-based absolute quantification) とTOMAHAQ (triggered by offset multiplexed accurate mass high-resolution absolute quantification) 法を組み合わせたLC-MSで様々な組織を解析し、得られたDLL3のペプチド数を示しています。

図4に示すように、E3J5Rを用いたIHCで解析したDLL3のタンパク質発現は、DLL3のペプチド数と相関しました。予想どおり、緑のハイライトで示す組織では、IHC染色で標的タンパク質の発現が最低または全くみられません。青のハイライトで示す組織では、標的タンパク質が高発現しています。黄色のハイライトで示す組織では、その中間の発現を示しました。

IHCでDDL3を使用して解析した3つのサンプル図4:LC-MSの結果から選択した3種類の組織を、CSTが提供するrecombinant monoclonal antibody DLL3 (E3J5R) Rabbit mAb #71804を用いてIHCで解析しました。低発現組織を緑、中発現組織を黄、高発現組織を青で示しています。

これらの3種類の組織における抗体ベースのIHCデータと抗体ベースではない質量分析データは、タンパク質量に関して強い相関性を示しています。これは、#71804の性能を確認するために実施された検証実験のうちの1つですが、直交データを用いることにより、IHCにおけるこの試薬の信頼性と性能に対するさらなる確証が得られました。 

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単なる形式的な確認ではない検証

科学的な再現性の危機は、研究試薬の品質管理を改善する必要性を浮き彫りにしました。 

「仮説を証明するには1回の実験では不十分であるように、抗体の機能の確認も1回の試験では不十分です。」と、Crosbyはまとめます。「各アプリケーションに特化した検証戦略を活用して複数の実験を行い、既存の文献や一般公開されている知識を参照することにより、誤った発見をするリスクを減らし、結果の信頼性を向上させることができます。」

CST Headshot_Steve Gygi Harvard

Steve Gygi, PhD
ハーバード大学医学大学院
生物学教授

「CSTは、そもそも非常に優れた抗体を作製しています。しかし、ご存知のとおり、彼らは厳密な検証も行っています... 

CST抗体が機能しなかったことはありません。」

 

 

CSTは、抗体の検証を徹底的に行うことで知られていることを誇りに思っています。弊社の試薬は、考えうるあらゆる試験に合格しているため、安心してお使いいただけます。直交的な検証は、弊社がすべての製品ラインナップに対して実施している、多岐にわたる抗体検証基準の1つに過ぎません。

この徹底的な試験には、相応の時間とリソースを要しますが、機能する試薬を提供することこそが最も重要であると、弊社は確信しています。1999年の創立以来、弊社は、抗体業界の先駆者でありながら、製品ラインナップを厳選し、他社が10万個以上の試薬を提供する中で、1万3千個強に絞り込んだ試薬を提供しています。この量より質を重視する姿勢こそが、最高の性能、再現性、そして科学的厳密性を維持し、研究者が研究に集中できる環境を提供する基盤となります。

CSTの抗体検証についてのさらなる詳細は、こちらをご覧ください:

 

CSTの抗体検証シリーズの戦略に関するその他のブログもご覧ください:

参考文献

  1. Uhlen, M., Bandrowski, A., Carr, S. et al. A proposal for validation of antibodies. Nat Methods 13, 823–827 (2016). https://doi.org/10.1038/nmeth.3995
  2. Mairaville C, Martineau P. Antibody Identification for Antigen Detection in Formalin-Fixed Paraffin-Embedded Tissue Using Phage Display and Naïve Libraries. Antibodies (Basel). 2021;10(1):4. Published 2021 Jan 14. doi:10.3390/antib10010004

本ブログは、2020年3月に公開されたものです。2025年4月に改訂しました。25-BRE-03350

Alexandra Foley
Alexandra Foley
Alexandra (Alex) Foleyは、複雑な研究を、実世界での応用するための魅力的な物語に翻訳することに情熱を持ったCSTのサイエンティフィックライターです。学部課程で分子生物学と英文学を学習した後のAlexのキャリアーは、ヘルスケアや科学における様々な領域に渡ります。Alexは、多くのトピックスについて学び、刺激的で魅了的なストーリを紡ぐことを楽しんでいます。

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