がん細胞は盛んに増殖しており、大量のエネルギーを消費します。このため、がん細胞では特殊なエネルギー代謝がみられます。
ほとんどの哺乳動物細胞では、グルコースが燃料として利用されます。グルコースは、解糖系における多段階の反応を経て代謝され、ピルビン酸を生成します。正常な酸素濃度の条件下にある特定の細胞では、このピルビン酸の大部分はミトコンドリアに入り、クエン酸回路によって酸化されて、細胞が必要とする量のATPを生成します。
しかし、がん細胞または盛んに増殖する細胞タイプでは、解糖系で生成されたピルビン酸の大部分はミトコンドリアに入らず、乳酸脱水素酵素 (LDH/LDHA) を介して乳酸を生成します。これは通常、低酸素の条件下でみられるプロセスです。ミトコンドリアを介した解糖プロセスに対し、有酸素の条件下で乳酸が産生される現象を、「好気的解糖」または「ワールブルグ効果」と呼びます。がん細胞にみられるワールブルグ効果やその他の代謝の表現型には、いくつかのシグナル伝達経路が関与します。PI3K/Akt、mTOR、Erk1/2 MAPK、ULK1 (オートファジー)、p53、HIF1alpha、(低酸素 – 血管新生)、AMPKなどが関与しており、様々なパスウェイ が影響を及ぼします (ページ下部のリンクからパスウェイ図をご確認いただけます)。
がん細胞は、エネルギー産生のもう1つの燃料としてグルタミンを多用します。グルタミンは、ミトコンドリアに入り、クエン酸回路の様々な中間産物の補充、またはリンゴ酸酵素を介したより多くのピルビン酸の生成、さらには細胞増殖に必要な細胞構成成分の生成に使用されます。
やがて、がん細胞は、グルタミンに重度に依存するようになり、グルタミン自体が細胞増殖を促進しうるようになります。そのため、がんの研究においてグルタミン代謝はホットな研究領域になりつつあります。また、解糖系は、様々な要因に影響される非常に複雑なプロセスであり、ワールブルグ効果経路やエネルギー代謝経路、グルタミンシグナル伝達経路など、多くの経路を解析する必要があります。以下のリンクから、これらのシグナル伝達に関わるいくつかの分子をご覧ください。
がんの特性研究の標的に関する、完全なガイドをご覧ください。ダウンロードはこちら
がんの特性 (Hallmarks of cancer) はRobert Weinberg博士とDouglas Hanahan博士によって提唱され、Cell誌に発表されたものです1。彼らは、複雑ながんの性質を、より小さな特性に細分化して捉えることを提案しています。今回の記事では「細胞エネルギー代謝の調節解除」と題し、がんの特性の1つに関連する内容を記載しました。本シリーズの他の記事では、今回触れなかった他の特性についても解説します。
詳細は「がんの特性」シリーズのブログをご覧ください。
参考文献:
- Hanahan D, Weinberg RA (January 2000). "The Hallmarks of Cancer". Cell. 100 (1): 57–70. doi:10.1016/S0092-8674(00)81683-9
- Hanahan D, Weinberg RA (March 2011). "Hallmarks of Cancer: the next generation". Cell. 144 (5):646-74. doi: 10.1016/j.cell.2011.02.013