急速に成長する都市を想像してください。これらが繁栄するためには、道路や水道、電力線が必要です。腫瘍も腫瘍が小さな細胞の塊からさらに成長するには、酸素や栄養の供給ライン、老廃物とCO2を排出する手段、そして遠隔部位へ広がるための道路が必要です。これらの重要なネットワークは、既存の血管から新たな血管が生成される血管新生というプロセスを経て構築されます。
本ブログでは、腫瘍が、がんの特性の1つである血管新生を誘導するために必要とする機構やシグナル伝達経路を紹介します。現在、これらの多くは治療介入の標的として注目されています。
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発生段階における血管新生と腫瘍血管新生の違い
血管新生は、正常な生理的条件下では、新たな血管の成長を促進または阻害するシグナル伝達経路によって厳密に制御されています。脊椎動物では、血管系の大部分は胚発生中に2つの異なる連続したプロセスである「脈管形成」と「血管新生」を介して形成されます。
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胚発生中に生じる脈管形成とは、間葉系細胞が内皮細胞へと分化し、原始的な血管系が形成される過程のことを指します。基礎となる血管系が確立されると、次は既存の血管から新たな血管を分岐させる血管新生によりネットワークが拡大します。これらのプロセスは、機能的で安定した血管系を確実に形成するために厳密に制御および調節されています。発生段階が完了すると、このシステムは成人期を通じてほぼ安定した状態を維持するのみとなり、創傷修復や月経時などの際にのみ再活性化します。 |
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がんの特性とは?The Hallmarks of Cancer1-3は、がん細胞が増殖および転移するために獲得する重要な特性をまとめた、がん研究の基盤となるものです。2000年に、Douglas Hanahan博士とRobert Weinberg博士により初めて提唱されたこの概念は、がんの根底にある機構を一連の小さなサブセットに細分化してがん研究を促進します。2011年に2つの新たな特性と2つのがんを促進する特性、さらに2022年に4つの新たな特性が追加されました。
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よく組織化された血管構造は、新しく計画的に設計された都市に整備される幹線道路や街区とよく似ています。
一方、腫瘍血管新生は、上述の機構の一部が乗っ取られて機能不全に陥る病理的プロセスを指します。腫瘍血管の再構築は、主に血管新生促進因子、特にVEGF (Vascular Endothelial Growth Factor) シグナル伝達を介した出芽機構によって促進されます。腫瘍の急速かつ制御不能な成長は、灌流状態が悪く、無秩序で漏れやすい、組織化されていない血管網の形成を誘導します。健全な血管網を計画的に整備された住宅街に例えるならば、腫瘍血管新生は、整備されていない道路や脆い橋、漏水する排水管で構成される無秩序な都市のようなものです。これは、抗腫瘍免疫細胞が浸潤および監視しにくい免疫抑制環境を作り出すだけでなく、悪性のがん細胞が遠隔臓器へ移動し二次的な腫瘍を形成 (転移) するための逃避経路の構築も可能にします。
血管新生と腫瘍血管新生のシグナル伝達経路
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腫瘍血管網の特徴
腫瘍血管網は、拡張して不均一な嚢状を呈し、正常な脈管構造にみられる階層的な2分岐ではなく3分岐を形成することが多々あります。また、内皮細胞層 (マーカー:CD31/PECAM-1) が構造的に破綻しており、VE-Cadherinの発現の低下による基底膜の不連続性や細胞間接合の不完全性などがみられます。これにより、血管は非常に漏出しやすくなり、血管透過性の亢進と体液の血管外漏出が誘導されます。
その結果、腫瘍内の血流は無秩序かつ不均一になり、停滞やシャントが生じます。シャントとは、腫瘍内またはその周辺の血管が、毛細血管に富む組織を迂回してより短く直接的なルートで動脈と静脈をつなぐ経路のことです。さらに、新たに形成された腫瘍血管は、周皮細胞 (マーカー:α-平滑筋アクチン) による十分な被覆を欠いていることが多々あります。この細胞は、通常は毛細血管を構造的にサポートする壁細胞の一種であるため、毛細血管は脆弱となり崩壊や退縮を起こしやすくなります。
パラフィン包埋ヒト胃腺がん組織を、SignalStar® Multiplex IHC染色:CD31 (PECAM-1) (89C2) & CO-0028-488 SignalStar Oligo-Antibody Pair #83823 (緑)、CD68 (D4B9C) & CO-0007-594 SignalStar Oligo-Antibody Pair #77318 (黄)、Pan-Keratin (C11) & CO-0003-647 SignalStar Oligo-Antibody Pair #16373 (赤)、α-Smooth Muscle Actin (D4K9N) & CO-0024-750 SignalStar Oligo-Antibody Pair #29280 (シアン)、ProLong Gold Antifade Reagent with DAPI #8961 (青) を用いて染色して解析しました。
血管からの漏出と機能的なリンパ液の排出の欠如が組み合わさることにより、間質液圧 (IFP) が上昇します。このIFPの上昇は、酸素や免疫細胞、化学療法薬、その他の治療薬の送達に対する物理的障壁として作用します。その結果、腫瘍は次第に酸性に傾き、低酸素 (酸素濃度が低い状態) となり、放射線治療や化学療法などの治療に対する耐性を獲得します。
低酸素、腫瘍形成、そして「血管新生スイッチ」
腫瘍発生の最も初期に生じるイベントの1つとして、腫瘍塊の大きさがまだ顕微鏡でしか確認できない時の「血管新生スイッチのオン」があります。これは、血管新生促進因子と抑制因子のバランスが、新たな血管形成に有利な方向に傾いた時に生じます。このプロセスを駆動する最も強力な血管新生シグナル伝達経路は、低酸素により誘導され、HIF-1 (Hypoxia-Inducible Factor-1) とVEGFタンパク質ファミリーにより媒介されます。
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十分な酸素が存在する正常な条件下にある細胞では、HIF-1αは酸素を感知するPHD (Prolyl-4-hydroxylase) によってヒドロキシル化されることにより、分解の標識が付与されてその蓄積が抑制されています。しかし、TMEの低酸素条件下では、HIF-1αは分解を逃れて核へ移行し、HIF-1βと結合して転写因子複合体を形成します。この複合体は、血管新生に関与する多数のタンパク質の発現を亢進させるために様々な遺伝子のスイッチを「オン」にします。特に、発現の亢進が顕著なのがVEGF-Aです。
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| パラフィン包埋消化管間質腫瘍組織をHIF-1α (E1V6A) Rabbit mAb #48085を用いてIHCで解析しました。HIF-1αが核に局在していることが分かります。 |
塩化コバルトは、低酸素がHIF-1αタンパク質におよぼす影響の模倣に広く用いられる細胞処理剤です。この処理により、HIF-1αタンパク質は安定性が増して核内に移行します。未処理 (左) または塩化コバルトで処理 (右) したHepG2細胞 (ヒト肝臓がん由来) を、HIF-1α (D1S7W) XP Rabbit mAb #36169 (緑) を用いてIFで解析しました。 |
TME内の腫瘍関連マクロファージ (TAM) は、VEGF-Aだけでなく、他の血管新生促進性メディエーターも産生する点に注意してください。これにより、血管新生スイッチがさらに亢進され、腫瘍の血管新生が促進される可能性があります。
腫瘍血管新生に関連するシグナル伝達経路とタンパク質
腫瘍細胞で血管新生スイッチがオンになると、血管新生シグナル伝達カスケードが活性化されます。VEGF-Aは、血管新生を誘導するために、主要な受容体であるVEGF Receptor 2 (KDR/Flk-1) に結合して既存の血管内の休眠状態にある内皮細胞を再活性化させます。これにより、受容体のリン酸化および二量体化が生じ、PI3K/Akt、mTOR、MAPK/ERK経路を介したシグナル伝達が開始され、内皮細胞の増殖と遊走が促進されます。
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パラフィン包埋ヒト血管肉腫組織をVEGF Receptor 2 (D5B1) Rabbit mAb #9698を用いてIHCで解析しました。
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多くの腫瘍において、内皮細胞の細胞表面にVEGFR2がみられます。左:パラフィン包埋乳房血管肉腫組織を、VEGF Receptor 2 (55B11) Rabbit mAb #2479を用いてIHCで解析しました。右:連続切片を内皮細胞マーカーのCD31 (PECAM-1) で染色しました。 |
血管新生芽の先端部で活性化された内皮先端細胞は、マトリックスメタロプロテアーゼ (MMP) を分泌し、既存血管の基底膜を含む周囲の細胞外マトリックス (ECM) を分解します。これにより、先端細胞が腫瘍内へ移行する経路が形成されます。このプロセスは、内皮先端細胞の一時的な細胞外マトリックスへの接着を可能にするαvβ3やα5β1などのインテグリンによって促進されます。また、先端細胞の後方では茎細胞が増殖し、新たな血管芽を伸長させます。最終的に、新たに形成された芽は連結して内腔を形成し、腫瘍周辺に機能的な血管網が構築されます。
このプロセスと並行して、活性化された内皮細胞からはPDGF-βが分泌され、周皮細胞上のその受容体であるPDGFR-βに結合します。これは成長中の血管芽への周皮細胞のリクルートを誘導し、そこで血管系の安定化に寄与します。
他にも、多くのリガンドやシグナル伝達経路が腫瘍血管新生に関与しています。以下にいくつか例を挙げます:
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DLL4/Notchシグナル伝達経路DLL4/Notchシグナル伝達経路は、血管出芽の秩序を確実に守るために、先端細胞と茎細胞のバランスを調節しています。通常、移動性の先端細胞はNotchの発現レベルが低いのに対し、増殖性の茎細胞はNotchの発現レベルが高くなっています。腫瘍では、DLL4/Notchシグナル伝達の調節不全により無秩序な血管形成や血管透過性が亢進されており、これは腫瘍の転移に寄与します。 |
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アンジオポエチンとTie受容体シグナル伝達アンジオポエチンファミリー (Ang1、Ang2) とその受容体 (Tie1、Tie2) は、血管の成熟と安定性を調節しています。正常組織では、Ang1/Tie2シグナル伝達は内皮細胞の生存をサポートし、内皮細胞と周皮細胞の相互作用を強化して成熟した血管を出芽しない状態に維持します。Ang2の発現は、通常は低く、血管リモデリング部位 (女性の生殖器など) に限定されており、必要に応じて血管の不安定化を促進する天然のAng1アンタゴニストとして作用します。 しかし、多くのがんではAng2の発現が劇的に上昇しており、これは腫瘍の悪性度と相関します。その機能は、状況により異なります。VEGF-Aが存在しない場合は、Ang2はTie2アゴニストとして作用し、内皮細胞と周皮細胞の結合を破壊して血管の退縮を促進し、低酸素の増大をもたらします。腫瘍で高レベルのVEGF-Aが認められる場合には、Ang2は、安定状態の内皮細胞を不安定化させてその増殖と遊走を促進することにより、内皮細胞の活性化と出芽を誘導します。Ang2の発現レベルの増加は、Tie2の安定化作用を阻害し、細胞バランスを機能不全の血管へと移行させます。また、内皮細胞の増殖と遊走を直接刺激し、腫瘍血管に特徴的な「漏れやすさ」に寄与します。 |
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TGF-β (Transforming Growth Factor-β) シグナル伝達多くの腫瘍では、TGF-βの発現レベルが上昇しています。これは、血管の新芽形成を誘導し、細胞外マトリックス (ECM) に作用して血管新生と腫瘍浸潤性を促進するマトリックスメタロプロテアーゼMMP2とMMP9の発現を亢進することが知られています。TGF-βはまた、CTGFやVEGF、bFGF、IL-1の発現を増加させて、これらがさらに血管新生を促進します。 TGF-βは、血管新生だけでなく、上皮間葉転換 (EMT) や浸潤、線維化、抗腫瘍免疫の抑制にも寄与します。 |
その他のVEGF受容体
VEGF-Aは、主にVEGF Receptor 2との相互作用を介して血管新生を促進しますが、血管芽形成や骨髄系細胞のリクルートを制御するVEGF Receptor 1 (Flt-1) にも結合します。VEGF-CとVEGF-Dは、受容体VEGFR3 (Flt-4) に結合し、主にリンパ管新生 (リンパ管の成長) を促進する役割を担っています。線維芽細胞成長因子 (FGF) も血管新生を促進し、しばしばVEGFシグナル伝達経路と相乗的に作用します。
さらに、NFκBシグナル伝達経路は、VEGF-AやInterleukin-8 (IL-8) を含む多数の血管新生促進遺伝子および生存促進遺伝子の発現を亢進させることで腫瘍血管新生に関与しており、これらは近傍の内皮細胞の増殖と遊走を促進します。また、NFκBは、 MMP-2やMMP-9などのマトリックスメタロプロテアーゼ (MMP) の転写を促進します。これらの酵素は、内皮細胞の出芽と腫瘍細胞の浸潤の両方に必要な、細胞外マトリックス (ECM) の分解に不可欠です。NFκBの活性は、腫瘍細胞では細胞の生存と増殖を促進します。これは、腫瘍の成長の基盤となり、それに伴う新たな血管形成が必要となる要因になります。NFκBのこの活性は、腫瘍が炎症性かつ血管新生が盛んな微小環境を維持できる主な理由の1つです。
免疫細胞とがん微小環境の相互作用
腫瘍血管網は、単なる供給ラインではありません。がん微小環境における能動的かつ影響力のある構成因子としても機能し、免疫細胞や他の間質要素と密接に相互作用しながら、がんの進行を促進します。
血管新生に寄与する免疫細胞
- 腫瘍関連マクロファージ (TAM) :TAMは、腫瘍発生における主な役割を担い、腫瘍促進性のM2様表現型へと分極することが多々あります。これらはVEGF、MMP、様々なサイトカイン (IL-8、TNF-α、HGFなど) といった多数の血管新生促進因子を分泌し、血管新生をさらに促進します。
- 好中球:MMPを放出して腫瘍血管新生を促進し、VEGFやその他の血管新生因子の放出を誘導します。
- その他の免疫細胞:リンパ球 (B細胞やT細胞など) は、様々な血管新生促進性メディエーターを分泌することにより、間接的に血管新生に影響を与えます。
- 間質細胞:免疫細胞だけでなく、脂肪細胞も様々な血管新生促進因子を放出することにより、がん微小環境 (TME) 内での血管新生を促進します。これは、脂肪組織や肥満において顕著であり、脂肪細胞が免疫学的に活性化し、TMEに影響を与える免疫シグナル伝達分子を分泌する可能性があります。
免疫細胞の浸潤と機能への影響
- 物理的な障壁:異常かつ漏出性の腫瘍血管は、高密度の細胞外マトリックス (ECM) と高い間質液圧 (IFP) と共に、抗腫瘍免疫細胞 (細胞傷害性Tリンパ球など) の腫瘍中心部への浸潤を阻害する物理的障壁を形成します。
- 免疫抑制環境: 低酸素かつ酸性のTMEは、腫瘍細胞や腫瘍促進性免疫細胞 (TAMなど) が分泌する因子と相まって、浸潤免疫細胞の機能を阻害して免疫回避を促進する免疫抑制的環境を形成します。
- 血管内皮細胞としての免疫調節因子:腫瘍内皮細胞 (TEC) 自体が、免疫チェックポイントを発現したり抗腫瘍免疫を抑制する因子を分泌したりすることにより、積極的に免疫抑制に寄与する可能性があります。
関連ブログ: がんの特性 :免疫による排除の回避
抗血管新生がん治療
研究者は、腫瘍血管新生における複雑な機構を理解することにより抗血管新生薬を開発してきました。例えば、VEGF-Aを標的とするモノクローナル抗体Bevacizumab (アバスチン) や、VEGFRを標的とする様々な低分子チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) (Sunitinib、Sorafenib、Pazopanibなど) です。これらの治療法は、腫瘍血管を「正常化」させるか、あるいは新たな血管の成長を阻害することで腫瘍を飢餓状態に追い込み、化学療法の送達を改善し、さらには免疫応答を強化することを目的としています。
しかし、初期の抗血管新生療法は有望な結果を示したものの、腫瘍は耐性を獲得することが多々あります。そのため、現在は以下に着目した研究が進められています。
- 新規かつ冗長性の低い血管新生標的の同定
- 併用療法の開発 (抗血管新生薬と免疫療法または化学療法の併用など)
- 耐性獲得機構の理解
- 異常な腫瘍血管の成長を阻害するだけでなく、それらを正常化することで薬剤送達と免疫細胞浸潤を改善する治療法の開発
腫瘍による血管網形成の複雑さの解明は、がん治療における最重要課題であり、腫瘍の供給ラインにおける新たな脆弱性を探索する研究が精力的に続けられています。
その他のリソース
がんの特性シリーズの、その他のブログ記事もご覧ください。
参考文献
- Hanahan D, Weinberg RA (January 2000). "The Hallmarks of Cancer". Cell. 100 (1): 57–70. doi:10.1016/S0092-8674(00)81683-9
- Hanahan D, Weinberg RA (March 2011). "Hallmarks of Cancer: the next generation". Cell. 144 (5):646-74. doi: 10.1016/j.cell.2011.02.013.
- Hanahan D. Hallmarks of Cancer: New Dimensions. Cancer Discov. 2022;12(1):31-46. doi:10.1158/2159-8290.CD-21-1059
- Liu ZL, et al. Signal Transduct Target Ther. 2023. Angiogenic signaling pathways and anti-angiogenic therapy for cancer.
- Liu X, et al. Biomark Res. 2025 Decoding tumor angiogenesis: pathways, mechanisms, and future directions in anti-cancer strategies.





